第21日「せんぱい、今日、どうでしたか?」
# # #
土曜日だ。
週末をのんべんだらりと過ごせなくなったから、何回目だ? 3回目?
意外と少なかった。
今日、集合場所に指定されたのは、有名な総合大学(俺も進学を視野に入れている。近いし)がある駅。ちょっと調べたら、その大学で学園祭をやっているらしいので、それに連れて行かれるんじゃなかろうか。
12時30分集合のところ、12時5分に着いてしまった。遅刻はしちゃいけませんって散々教え込まれたから、こればっかりはもう習性というか本能だと思って割り切るしかない。今日は特に、初対面の人(後輩ちゃんの友達らしいけど……)もいることだし、1秒の遅れも許されなかったから、まあいい。
とはいえ、さすがに25分前だと、誰もまだ来ていなさそうだ。仕方ない。本でも読もう。
* * *
「相変わらず、早いですね、せんぱい。待ちました?」
日枝駅に着いて改札を出ると、壁に寄りかかって読書をしているせんぱいがすぐに目に入りました。
「まあ、本読むくらいには待った」
元より、甘いやり取りの期待はしていません。
「そうですか。早く来すぎるせんぱいが悪いんですよ」
「自覚はしてる。けど、みんなが集合時間より早く来ればハッピーになれるのでは?」
「それ、実質の指定時間が早まっただけじゃないですか。今よりもっとめんどうになりますよ」
「それもそうか」
と、あたりを見回します。まだみたいですね。
「残りの人はまだみたいなので、せんぱい本読んでていいですよ」
「さすがに初対面のと会う前に本に没頭するのはちょっと」
「じゃあなんで今読んでたんですか」
「どうせお前が声かけてくるだろうって思ってた」
どんな信頼を寄せているんですか、わたしに。
こんなことを話していると、改札に人の波が押し寄せてきました。次の電車が、駅に着いたようです。……あ、残りのふたりも来ましたね。
# # #
「かすみ~」
隣の後輩ちゃんがいきなり大きな声を上げて、腕をぶんぶん振り出したので、びっくりした。
改札から出てくる人のうちに、彼女の声に反応してこちらを向いた女子がいる。
「あ、もう着いてたんだ、まはるん」
「うん。よかったー」
後輩ちゃんに負けず劣らず、おしゃれな女子がやってきた。その左手は、彼女の隣を歩く男の手と固く繋がれている。きちんと髪の毛がワックスで固められていて、いつもさっと整えるだけの俺とは大違いだ。
あの、もう俺、帰っていいかな?
「にしても、どうしたのいきなり。
うん。なんとなくそんな気はしてたよ。そんな単語でくくられるんじゃないかって。だから、驚きの声を漏らすのは避けられた。
「まはるん、それにしても彼氏いたんだね。教えてくれればよかったのにー」
「まあまあ、その辺もおいおい。行きましょう、学園祭」
そう言って、
周りには人も多いし、ちょっと声を抑えめにすれば、後ろのふたりに聞かれることもないだろう。
彼女のやわらかい手の感触を感じながら、俺は低めの声で後輩ちゃんに話しかける。
「なあ、どうなってんだよ」
「どうなってるもなにも……おでかけですよ? ちょっと人が増えただけじゃないですか」
後輩ちゃんの声が耳に吹き込まれて、少しだけくすぐったい。
「そうじゃなくて。なんでダブルデートなんだ」
「わたしとせんぱいが出かけるのはデートじゃないですか」
「それは、まあ」
こないだすったもんだした挙句、認めた。
「後ろのカップルが出かけるのもデートじゃないですか」
「まあ一般論としてそうだな」
「デートとデート足したら、ダブルデートじゃないですか」
「いやいやいや!」
思わず声をちょっとだけ張り上げてしまう。いやいやいやって言うだけなら、聞こえちゃっても大丈夫だろう。
「それとも、女の子3人に囲まれてハーレムの方がよかったですか?」
「それも嫌だな」
「だからといって男の人3人に囲われるのはわたしも嫌です」
「囲われるって……」
オタサーの構成要員にはなりたくないな。
「まあ、百歩譲って、2-2になった理由はわかった。どうして手を繋ぐ必要があるんだよ」
ちらりと後ろを向いて、後輩ちゃんがひとこと。
「あっちもつないでるので、なんとなく、です」
「なんとなくで済むなら論理も倫理もいらねえ……」
「まあまあ、いいじゃないですか」
「落ち着かないんだけど」
色々と。ほら、手が汗ばんじゃってないかな、とか。
「わたしも落ち着かないです」
あのさ、そういうのさ、いきなり放り投げてくるの、心臓によくないよ。
やめてくれ、とは言わないけど、やめてくれ。
* * *
せんぱいったら、相変わらず素直じゃないんですから。
と、この教室ですね。ちゃんとポスターが貼ってあります。まだちょっと早いですけれど、まあ大丈夫でしょう。
「すみません、1時からの予約のまはるんです」
「ハンドルネームがまはるん様ですね……はい。4人全員お揃いでしょうか?」
「はい、みんないます」
「はい。ではもうしばらく、こちらでお待ちください」
受付の人とのやり取りを終えて、後ろを向きます。
「ということなので、1時までここで待ちましょう。とりあえず、せんぱいの紹介からですね」
「あ、やっぱり俺以外は知り合いな感じなの?」
「はい」
一応、予告したので、せんぱいも心構えはできているはずですけれど。
大丈夫でしょうか。
# # #
これ、自己紹介しろってことだよなあ。はあ。
「あー、はい。えっと、
「同じ学校かな?」
女子の方が、後輩ちゃんに目配せをして、確認する。でもって、このキラキラ女子も後輩なんだよな。あー、ややこし。
「うん」
後輩ちゃんの口から、砕けた返事が飛び出すのが、妙に新鮮だった。
「じゃあ一個上なんだ。わたしは
「一応そこは敬語使っとこうぜ、霞。俺も1年生で、こいつの相方やってます、池内海斗です。先輩、よろしくっす」
杉山に、池内。うん。ふたりくらいなら何とか、覚えよう。覚えられる。うん。俺はできる。
「えー、でもかいくん。この人なんか元気ないよ」
「こら、本人の前でそんなこと言わない」
「ほら、返事をする元気もないって。何か聞いてみようよ、かいくん」
またまた、なんというかエキセントリックな子だな?
手を大きく上に伸ばして、ぶんぶんと振って、こちらに聞いてくる。
「はいはーい。井口先輩……って言いにくいから下の名前教えて、とまはるんはどこで出会ったんですかー?」
「電車の中? いや、ホームか?」
「出会ったのは電車の中でいいんじゃないですか。せんぱいは慶太って言います」
「ふむふむ。ふたりの息はぴったりですね」
いや、どこが?
「話しかけたのはどっちから?」
「わたし」
「あー、まあそこは予想通り。けーた先輩、度胸なさそうだし」
うるせえ。
「でも、告白したのは?」
これは、まずい。
後輩ちゃんが、ちらりとこちらを向いた。答えろってこと?
というかなんで偽装カップルみたいなシチュエーションに持ち込まれてるんだよ。おかしいだろ。なんで馴れ初めとか告白とか聞かれてるんだよ。何の権利を誰が持っていると言うんだ。おかしい。
と、高らかに主張を叫びたかったのだけれどさすがにそんな度胸もなく。喉から出てきたのは、曖昧な返事だった。
「ん、ああ……」
「もう、せんぱい♡ 先週はあんなに熱烈に『好きだ』って言ってくれたのに」
「ふふー、なるほどなるほど。なかなかいい感じ?」
そこまで聞くと、杉山ちゃんは、くるんと、隣の椅子に座った池内くんの方に振り返った。
「かいくん、あたしにもー」
「はいはい大好き大好き」
すごい、俺と似てる台詞なのに感情が籠もってやがる。自然な手つきで杉山ちゃんの頭をなでていて、彼女も気持ちよさそうだ。
これが本当のバカップルの力……
「ぬふー。じゃあ、デートはどんなところ行った?」
これも答えなきゃならんのか。そう思って気が重くなった時、救世主の声がした。
「お待たせしました。13時になりましたので、これより入場していただきます。その前に、いくつか注意点をお伝えしておきますので、よく聞いてください」
何かの説明が始まった。
「このたびは、わたくしどもの公演『こころが脱出したがってるんだ。』略して『ここ脱』にお越しいただき、ありがとうございます。この公演は、4人が1チームとなって謎を解き、部屋から脱出することを目標としています」
謎解きゲームの説明だった。
最近の学園祭は、脱出ゲームまでやるのか(若いから最近の学園祭しか知らないけど)。4人1チームってことは、きっと、これがチーム。そういうことなんだろうなあ……
大丈夫かな、これ。
まあ、謎解き自体は嫌いじゃない。むしろ好きだ。がんばるだけがんばってみよう。
# # #
例によってネタバレは禁止なので、結果だけ。
杉山ちゃんの勘どころがいいのと、後輩ちゃんの状況把握能力・指揮能力がめちゃくちゃすごいのと、後は男ふたりが馬車馬のように働くことによって、無事、謎解きゲームはクリアすることができた。
にしても、やっぱり、大学の学園祭ともなるとすごいんだな。前に行ったやつと遜色なかった。
3年後には、こういうものが作れるような学生に、俺もなれるんだろうか。そもそも、大学に入っているんだろうか。未来のことはわからない。
「成功できましたねー」
と、後輩ちゃん。
「ぱちぱち」
これは杉山ちゃん。
男たちは、何も言わない。体を動かすパートがあって、疲れたのだ。
「ごはんにしましょう、ごはん。お腹空きました」
「あ、さんせー」
「お前らそんなに動いてないだろ……」
「頭は動かしましたー」
「はいはい。じゃあその前に俺トイレ行ってくるわ」
ピクトグラムを見つけたので、その元へと向かった。
# # #
「あいつは、やめた方がいいですよ、先輩」
小便器に向かってリラックスタイムを満喫していると、隣から池内くんの声がした。
「やめるって?」
「恋人関係を、です。あいつとは中学からいっしょですけれど、そんな俺がおすすめしません」
「はあ……」
そもそも、彼氏彼女の関係ではないんだけれど、そこからぶっちゃけてしまうべきか?
「あいつは、米山は、何にでも手を出すんですよ。勉強も、趣味も、遊びも、――人も」
確かに、あいつは多芸ではある。そんな気がする。
「それだけに、飽きっぽいんですよ。すぐに、興味が次に移っちゃうんです」
もう、ふたりとも、尿は出切っている。でも、この話にケリをつけるまでは、便器から離れてはいけない。そんな気がした。
「現に、俺も、中2の時、あいつと付き合ったことがあるんですよ。何日もったと思います?」
やっぱり、あいつは「元彼」という概念を抱えているんだな。想定していたとはいえ、なんだか、心の奥の方ではイラッとしている自分に気がつく。
「さあ?」
「3日ですよ、3日。告白されて、放課後デート行って、で、休日にデート行ったら振られました」
なにそれ、やべえ。
「先輩は、あいつと何回デートしました? きっと、すぐ振られますよ」
そうだなあ。何回デートしたか、か。
「あいつの言ってきた定義通りなら、俺とあいつは、もう20回くらいデートしてるんじゃないか?」
「は?」
後輩ちゃんのことが、また、ほんの少しわかった気がする。
俺のことは、わからない。俺と後輩ちゃんの関係も、わからない。
でも、この場は、とりあえずこれでいいんじゃないかと思った。
池内くんが、ぽかーんとしているのを尻目に、俺は手洗い場の方へと移動する。
「20回? 先輩、冗談ですよね? 本当なら歴代新記録ですよ」
「記録とかあるのかよ。どんだけだよ。まあ、デートらしいデートってならこれが3回目かな」
「それでもすごい方ですよ」
「そうなのか」
「先輩、見た目によらず、
なかなか失礼なことを言われた気もするけれど。
俺のLINEの友だちリストに、またひとり、新たな人物が加わった。
* * *
昼飯(学園祭なので出店がたくさん出ていた)を食べて、適当に見て回って、帰りの電車に乗った。
あのカップルとは逆方向だったが、後輩ちゃんとはもちろん、同じ電車である。
「『今日の一問』です。せんぱい、今日、どうでしたか?」
いつもと同じところに陣取る後輩ちゃんが、ちょっと不安げにも見えた。
「どうって」
「あのふたりですよ」
うーん。
「お前がどういう意図で
「そうですか」
顔をきりっと上げた。
「それなら、よかったです」
彼女の、笑顔が眩しい。
「後輩ちゃんこそ、今日はどうだった? 『今日の一問』だけど」
「わたしも、楽しかったですよ。あたふたするせんぱいを
彼女の趣味は、人間観察であると。そう、彼女自身が言っていた。
「お前なあ……」
結局、俺はこいつに弄ばれているだけなのかもしれない。
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