第20日「せんぱいって、身長何センチですか?」
# # #
「おはようございます、せんぱい。お待ちかねの金曜日ですよ」
よくわかってんじゃないか、この後輩。
「やっと……この日が……」
「部活も行ってないのにどうしてそこまで疲れるのか、わたしにはわからないんですけど」
「後輩ちゃんだって部活行ってないじゃん」
「だからわたしは今日も元気いっぱいですよ☆」
うぜえ。
「授業のノート、頑張って取ると疲れない?」
「わたしいつも教科書とかプリントに書き込むだけなので」
「それじゃいい点取れなくない?」
「一学期は平均より10点くらいは高かったです、要領よくてごめんなさい♪」
ぺろっと舌を出す。うぜえ。この野郎。あ、乙女か。この乙女。
こっちが要領よくないことを把握していて、なおそこをいじってくるのは卑怯だと思うんだよ。
まあ、悔しいなら要領よくなってみろってことか。善処しよう。
「ところでせんぱい。せんぱいって、身長何センチですか? あ、『今日の一問』です」
「センチとは言ったが……その後に来る単位の指定まではしていない……つまり……何が可能だ?」
長さの単位がそんなに思いつかなかった。光年くらいか。センチ光年。ふーむ?
「何センチメートルですか? ほんとめんどくさいですね、せんぱい」
「4月の健康診断だと、166だった」
「なんで前置きするんですか。もう今さら伸びないでしょうに」
「一応入学の時は165センチだったからな。俺はまだ170に到達する望みを捨ててないの」
「だいぶ望み薄だと思いますが」
後輩ちゃんが俺の頭の上に手をやって、そこから更に5cmくらい浮かせる。
煽ってんのか?
「人の努力を馬鹿にするな」
「努力してるんですか?」
「毎朝コーヒーに牛乳入れて飲んでる」
「それ結局カフェイン目当てじゃないですか。もっとカルシウムとらなきゃ。煮干しとかいいらしいですよ」
「前にも聞いたなそんなこと」
「言った気がします」
「言われたことをすぐに取り入れる人は、将来大成するらしいですよ」
「それ、裸の王様じゃん」
「あれでも王様ですから」
「元から王様だったんじゃ?」
「何事にも元手が必要ってことですね」
ひどい。
「それで、いつもみたいに『今日の一問』。後輩ちゃんの身長はどれくらいなの?」
* * *
相変わらず、きれいに質問を投げ返してくるものです。
ここはひとつ、クッションを入れましょう。クッションというか、枕投げの枕くらいの威力な気がしますけれど。
「ひどーい、女性にスリーサイズを聞くんですか?」
「スリーサイズは聞いてないだろ……」
「そもそもせんぱい、スリーサイズがどこだか知らなさそうですね」
こう言ったら、せんぱいが固まってしまいました。
「知らんな?」
ほんとに知らないんですね……
「身長、体重、座高ですよ」
「少なくともバストはあるの知ってるからな。ダウト」
これ以上は、わたしの方に被害が及んでくる可能性があります。まずいです。話を逸らしましょう。
「まあ、いいです。身長は156センチですよ」
「ちょうど10センチ差か」
せんぱいも、わざわざ話を蒸し返してはこないようです。よかった。
「なんか、156の方が166よりキリのいい感じしません?」
「あんまりしないな。256ってならわからなくもない」
「あー、2の8乗ですか」
「計算早くね?」
「2の10乗が1024って覚えてるだけですよ」
「なるほど……」
# # #
身長差が10cmといえば、思い出したものがある。
「そういえば、だいぶ前に、『身長差のある二人組』みたいな画像流行ったよな」
「あー、ありましたね」
身長の差が25cmだと低い方の頭にあごが乗せられる、みたいなイラストが、6つくらい並んでいたような気がする。
確か、10cm差っていうイラストもあった気がするけれど。何してたっけ。
「でも、いいんですか?」
後輩ちゃんが、口の端に何やら悪そうな笑みを浮かべている。
「わたしたちの10センチって、あれだとオチ担当でしたよ?」
「マジで?」
「背伸びしてちゅー、じゃなくて残念でしたね」
「ちょ」
「そんなにわたしとキスがしたいなら、正面から頼めばいいんですよ」
「恋人関係でもない人とそんなことする度胸はないし、彼女は作らないって決めてるからな」
「あーそこに戻りますか」
「戻ります」
うん。ここは譲れない。
意固地だと言われようと、そう言ってモテない自分を守ってるんでしょとか言われようと。そうしようと決めたのだから、それはやり遂げるべきだと思う。
「んで。10センチは結局何だったんだ」
「頭突きです」
「はい?」
「ず・つ・き。頭突きです。頭でごっつんってやつです」
「ごっつん」がかわいいな、おい。
「いりょく70?」
「ひるみが30%ですね」
「うん、頭でやるやつね。俺の認識は間違ってなかった」
「ではせんぱい。動かないでくださいね」
はい?
「めいちゅう100とはいえ、外れちゃうかもしれないですから」
「待て待て待て、どうしてそうなった」
「え、だってせんぱい、試してみたかったんでしょう? あのイラスト。だからわたしに話を持ちかけたんですよね?」
「試してみたいとは言ってないんだけど」
まあ、現実に当てはめたらどうなるかなって思ったのは事実ではある。
「はい。観念して、倒れないように踏ん張ってください」
「いやいやいや、そんなにガチでやるの?」
手すりに掴まっている俺の胸元に、後輩ちゃんがにじり寄ってくる。確かにこうしてみると、ちょうど頭突きができるくらいの身長差だ。
いつもの後輩ちゃんのシャンプーの香りが、いつもより強く薫る。この香りにも、だいぶ慣れてきた。ああ、朝だ、ああ、学校だ、みたいな。
「嫌ですか?」
まあ、俺もほんとうに嫌だったら逃げてるだろうし、きっと、嫌ではないんだろうな。
さすがに怪我するほど強くってことはないと思う。うん。信じてる。
軽くかぶりをふると、おーけーです、と後輩ちゃん。
「危ないので舌噛まないようにしてくださいね。あと、目もつぶってた方がいいと思います。火花散るのがよくわかると思うので」
「ねえ、思いやりがあるのかないのかどっちなの?」
「わたしはいつでもせんぱいのことを想ってますよ」
「ほんとかよ……」
とりあえず、歯をしっかりと食いしばり、目をつぶった。これだけ見ると、俺、ただのMじゃね?
こんなに状況に流される性格だったっけか。
なかなか、衝撃が来ない。
「ん? おーい?」
不安に思って声を出した瞬間、頬に、何か暖かいものが触れた。
混乱と、不安と、その他色々なものが頭をよぎっていることを自覚したその時、やっと、顎に物理的な衝撃が訪れた。
意外と、痛かった。本気出すんじゃねえ。
それにしても、今のは。
指、なのか? はたまた。
* * *
せんぱいのほっぺに軽く触れたのは(なにでとは言いませんけれど)、わたしだけのひみつです。
……と、言いたいところなんですが。あいにく、ここ、電車の中なんですよね。これじゃ、ただのバカップルじゃないですか。わたしの考えとか、せんぱいがわたしのことをどう思ってるかとかはともかく、外から見たらほんとにそれでしかないです。
「いってぇ……」
「まあ、ずつきですからね。いりょく70です」
「今週、俺の身体にやさしくない気がする」
「来週はわたしのからだにやさしくないんですか?」
「どんな電車だよそれ」
「さあ?」
と、そろそろ、電車が着いてしまいますね。土曜日のこと、言っておかなくちゃいけません。
「せんぱい、明日、どうせ暇ですよね?」
「ん? まあ……」
暇じゃないと言ってしまうと、嘘になるって顔をしています。
「じゃあ、明日の12時半に、日枝駅集合でお願いします」
「今度はどこ行くんだ?」
「当日のおたのしみです」
「うん、教えてくれない気はしてた」
「わかってたなら、わざわざ聞かなくてもいいじゃないですか」
「いや、まあほら、一応」
んーと、それじゃあ、これは言っておきましょうか。
当日いきなり慌てるより、今のうちに慌ててもらいましょう。
「あ、それと、明日はわたしの友達もいっしょです。なかよくしてくださいね、せんぱい?」
「……は?」
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