第22日「どんなこと話してたんですか?」
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今日は休日である。10月8日、日曜日。時刻は10時半。
普段なら、ベッドから離れるか離れないかくらい。ようやくまともな活動を始めるくらいの時間だ。
そう。今日の俺は、普段とは違う。とっくに活動を始めて、ベッドどころか、家から離れている。
きっかけは、昨日の夜届いた、LINEだった。
いつものパターンだと後輩ちゃんからなんだけれど、今回に限ってはそうではなく。まあ、後輩といえば後輩なんだが。
昨日出会って、トイレで気に入られたのか、結局連絡先を交換した後輩くん――池内くんは、こんなメッセージをよこした。
いけうち :今日はありがとうございました。池内です。楽しかったです
いけうち :ところで、突然になってしまうんですけれど、明日の午前中、空いてますか?
いけうち :もしよろしければ、先輩ともうちょっと詳しくお話がしたいです
常識人では、あると思う。きちんとお礼から入って、突然の誘いの詫びもした上で。
それだけに、あの彼女のフリーダムさが際立つわけだけれど。
そんなに時間はかけない、ということなので断る理由もなく。俺は彼の指定した駅に向かうのだった。
「あ、先輩。こんにちは。昨日ぶりっすね」
「俺にとっちゃまだおはようの時間なんだけどな。おう」
今日も颯爽と現れた彼は、制服を着ていた。
「ところで、どうして制服なんだ?」
これから高校に行きます、とか言われたらどうしようもないぞ、俺。
「ああ、これですか。この後部活なんですよ。ホッケー部なんです俺」
なるほど。
「先輩こそ、何か、前に用事でも?」
これは、俺が改札から出たわけじゃなく、歩いてきたからか。
彼が指定したのは、大多数が使う方の、学校の最寄り駅だ。
俺からすると、電車を降りて、高校を越えて歩いて行くことになる。まあ、別にいいんだけど。
「俺はあっちの路線だからな。浜急線」
「うっわ、珍しいですね。俺、会ったの、ふたり目ですよ。ひとり目は米山っていう女子なんですけれど……あれ?」
ん?
「あー、そういうことですか」
合点、とばかりに、池内は頷く。
米山……米山って、そういえば後輩ちゃんの名字か。米山真春だったな。
うん、なるほど。そこを把握されたと。そういう状況だな。
「ああ、一緒の路線だな、あいつと」
「まあ、じゃあその辺から聞きましょうかね。うーん、マックでいいですか?」
こっちの駅前にはマックもスタバもある。まあ、安いし、男同士だし、マックでいいだろ。
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「コーヒーと……ヘーホンホヘホハイください」
ちゃんと通じたことに軽く感動を覚えつつ、ベーコンポテトパイを受け取って席に着いた。
「さて、先輩。お話に入る前に、俺の彼女がご迷惑をおかけしたことをお詫びします」
ハンバーガーを片手に、彼が頭を下げる。律儀だなあ、おい。
「いや、いいよ別に。気にしてないから」
フリーダムだとは思ったけれど、別にあまり気にしていなかったのも本当だ。
「じゃあ、俺の彼女についてはこれでおしまい、と。先輩の彼女さんの話をしましょう」
彼女なんかじゃない、と。付き合ってるわけじゃない、と言うべきか?
どのみち、そのあたりまで話がやってきそうな気がする。とりあえずは放置でいいか。
「切り替え早いな」
「12時に集合なんですよ、部活。さくさくいきましょう」
なるほど。
「そもそも、どうして真春と知り合ったんですか? まあ、先輩とあいつが接点を持つなんて、電車の中くらいしかないでしょうけど」
こいつは、後輩ちゃんのことを、「真春」と、下の名前で呼び捨てするんだな。
そういう関係のやつがいてもおかしくない、というあくまでも理性的な判断と、それは別にしてどこか劣等感みたいなものが、俺の体の中で混ざり合って、妙な気持ちを覚えた。
まあ、そこは大事じゃない。
「ああ、電車の中だな」
「あいつは何て言って話しかけたんですか?」
「俺が落とし物したら、それを拾うついでに。落としましたよって」
ところで、どうして俺は後輩男子にあいつとの出会いから尋問されてるんだ?
まあ、どうせこんなことだろうと分かっていて、ノコノコやってきた俺も悪いのか。
「なんか、ベタですね」
「うん。自分で話しててすげえそれっぽいなと思った」
「告白したのは先輩って言ってましたけど。そもそも先輩、あいつのどこが好きなんですか? 人懐っこいところなら、先輩から興味がなくなった瞬間にゼロになりますよ」
「経験者の言葉は沁みるな」
「全くです。昨日とか、あいつと俺、事務的な会話しかしてないですから」
中学生の時だって言ってたから、だいぶ前だろうに、池内くんはひどい顔をしている。
俺、そんなにやばい人引いちゃったの?
さて。打ち明けるなら、この辺がベターだろう。
ファクトチェックの時間だオラァ!
「そもそも、俺、あいつと付き合ってるわけじゃないんだよね」
「はい……?」
「だから、後輩ちゃん――ややこしいな、米山とは、別に彼氏彼女の関係でもなんでもないの」
「あんなに仲いいのに?」
「ああ、やっぱり傍目から見ると仲いいんだ」
「はい。少なくとも俺が見た中では一番です」
「そんなに?」
マジかよ。
この池内の言葉は、どこまで信用していいものなんだろうか。
「いや、逆ですか。付き合ってないから、あんなに仲がいいのが続いてるんですかね?」
「俺に聞かれても」
「先輩、本当に面白い人ですね」
「そう言われたのは、あいつに続いてふたり目だよ。おめでとう」
こう返すと、彼は若干渋い顔をした。後輩ちゃんと比べられるのが嫌なんだろうか。
「でも、じゃあ、デートっていうのは?」
ああ。そこか。
「あれはあっちが言い出したことなんだよ、辞書まで引っ張り出してきてさあ。恋愛感情があろうとなかろうと男女が一緒に出かければデートですーって」
「え、『デート』って単語、そういう意味だったんですか?」
「いや俺に聞かれても。辞書引け」
「俺、辞書持ってないです。高いし」
そういうことを言ってるんじゃない。
「それじゃあ、昨日の『20回』っていうのは……」
「そうそう。あいつと話すようになってからの学校通った回数込みの話だ」
「へ? 待ってください。先輩、あいつと毎日話してるんですか? それで20日?」
「うん」
「それこそ異常ですよ!」
池内くんは、机にばーんと手をついて、椅子から立ち上がった。
「真春、めっちゃ質問してくるじゃないですか」
「してくるな」
一日一問のペースを死守して、めっちゃ質問してくる。
「一番最後に聞かれたの、何ですか?」
最後……最後か。昨日のは例外として、その前だと、占い関連の、えっと、どっちだっけ。
「血液型かな」
「あの、先輩。俺、もう驚くのやめていいですか」
「はあ?」
「俺、付き合った初日に血液型その他もろもろプロフィール聞かれたんですよ。話はぜんぜん続かなくて。で、すぐに興味がなくなったのか、ぽいってされちゃいました」
池内くんの声が、微妙な後悔の念を帯びているような気がする。
「それに比べて、先輩は何ですか。20日目で血液型って、おかしいでしょう。しかもまだ付き合ってないって。どうなってるんですか、先輩と真春の頭の中は」
「どうって……普通じゃない?」
「普通だったらあいつとそんなに長続きはしません」
きっぱりと、めっちゃ早口が返ってきた。
「はあ」
「付き合っちゃえばいいじゃないですか、先輩。真春は正直いい物件だと思いますよ、黙っていれば。顔もいいし、胸もある、そして先輩なら話もばっちり合うんでしょう?」
自分の眉間に、皺が寄るのがわかった。
「あ、それともあれですか。先輩、最近流行りの……ほら、LGBT、みたいな」
「ごめんそれは違う。俺は一応、性的指向はノーマルのつもりだ」
LGBTが流行りって言い方、あんまり良くない気もするけど、まあそれはそれとして。
「じゃあ、どうして。まさか他に彼女さんがいるとかですか?」
「まさか」
これはただ単に、俺が意地になっているだけといえばだけなんだけれど。
人間、たまにはそういう意地を通したい場面もあるものだと思う。
「実は俺、こんなんでもあの学校の生徒会長やっててな……」
校則のもろもろで、俺は誰とも付き合わないことに決めていることとかを、話した。
後輩ちゃんに同じ内容を話したのがずいぶん昔に思える。
「なるほど。先輩のお話はわかりました」
俺のつまらない意地だけれど、こんなのでも意地ってのは意地なんだよ。
「だから、俺もあえて言います。あいつを――真春を、
「はあ?」
「昨日も言いましたけれど、あいつはあらゆる方面に飽きっぽいんですよ。それをここまで飽きさせないなんて、先輩はやっぱりどこかおかしいです」
「ひどい言い方だな」
「おかしい先輩だからこそ、お願いがあります。あいつがこれ以上寂しくならないように、不幸にならないように、真春を夢中にさせてやってくれませんか?」
池内くんはまっすぐに俺の眼を見つめて、こう言った。
「恋人とか、恋人じゃないとかどうでもいいっぽいのは、先輩のお話を聞いてなんとなくわかったので。俺から頼むのも変な感じですけれど、まあ元彼代表として。とにかく、これからもあいつに付き合ってやってください」
悪い気はしなかった。
「よろしくお願いできますか?」
でも、返事には困った。結局、口から零れたのは、いつものような生返事だった。
「ああ……」
「うん。今日、先輩とお話できてよかったです。それじゃあ、あいつをよろしくお願いします」
着替えが入っているのだろうリュックを肩にかけて、池内くんは自分のトレーを持った。
特に用事があるわけでもない。家に帰ってぐでぐでしよう。
俺も、すっかり冷たくなったコーヒーを飲み干して、席から立ち上がった。
# # #
まはるん♪:「今日の一問」です
帰りの電車から降りると、スマホに通知が来ていた。後輩ちゃんからだった。
まはるん♪:池内くんと、どんなこと話してたんですか?
何で知ってるのこいつ。
まはるん♪:かすみから聞きましたよ
まはるん♪:ふたりで会ってるって
井口慶太 :お前の話してた
まはるん♪:週末まで会えないわたしのことを考えてくれるなんて……!
まはるん♪:ありがとうございます♪
井口慶太 :昨日会ったよな?
まはるん♪:きのうはきのう、きょうはきょうです
井口慶太 :名言みたいにしてるんじゃないよ
まはるん♪:いいじゃないですか
まはるん♪:まさか、それだけですか?
ああ、他には何を話したっけ? だいたい後輩ちゃんに占拠されてた気がする。
井口慶太 :俺がゲイじゃないって話とか
これがあったわ。
返事はない。
井口慶太 :ごめん悪かったって
井口慶太 :あいつがホッケー部、とか
まはるん♪:ふーん
まはるん♪:ふんふーん
ん? もしかして機嫌いい?
こういう意味不明な文字列が来る時は、そういう時だ。
井口慶太 :お前こそ、今日は何してるの?
井口慶太 :あ、↑「今日の一問」で
まはるん♪:かすみとご飯たべてます
井口慶太 :ごゆっくりどうぞ。
まはるん♪:はーい
まはるん♪:はいはーい
ノルマクリア達成。その表現、局所的ブームが来てるんだな。気持ちはわからんでもない。
正直、LINEしてまで聞きたいことはあまりない。
いや、それは嘘だな。実際、色々聞きたいことはあるんだけれど、LINEだと話がこじれるし、面と向かって話すにはちょっぴりシリアスすぎることなだけだ。
だから、ついつい、安直な質問を投げてしまう。
まあ、こんな関係も、悪くはないかもしれない。
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