第22日「どんなこと話してたんですか?」

 # # #


 今日は休日である。10月8日、日曜日。時刻は10時半。

 普段なら、ベッドから離れるか離れないかくらい。ようやくまともな活動を始めるくらいの時間だ。

 そう。今日の俺は、普段とは違う。とっくに活動を始めて、ベッドどころか、家から離れている。


 きっかけは、昨日の夜届いた、LINEだった。

 いつものパターンだと後輩ちゃんからなんだけれど、今回に限ってはそうではなく。まあ、後輩といえば後輩なんだが。

 昨日出会って、トイレで気に入られたのか、結局連絡先を交換した後輩くん――池内くんは、こんなメッセージをよこした。


いけうち :今日はありがとうございました。池内です。楽しかったです

いけうち :ところで、突然になってしまうんですけれど、明日の午前中、空いてますか?

いけうち :もしよろしければ、先輩ともうちょっと詳しくお話がしたいです


 常識人では、あると思う。きちんとお礼から入って、突然の誘いの詫びもした上で。

 それだけに、あの彼女のフリーダムさが際立つわけだけれど。

 そんなに時間はかけない、ということなので断る理由もなく。俺は彼の指定した駅に向かうのだった。


「あ、先輩。こんにちは。昨日ぶりっすね」


「俺にとっちゃまだおはようの時間なんだけどな。おう」


 今日も颯爽と現れた彼は、制服を着ていた。


「ところで、どうして制服なんだ?」


 これから高校に行きます、とか言われたらどうしようもないぞ、俺。


「ああ、これですか。この後部活なんですよ。ホッケー部なんです俺」


 なるほど。


「先輩こそ、何か、前に用事でも?」


 これは、俺が改札から出たわけじゃなく、歩いてきたからか。

 彼が指定したのは、大多数が使う方の、学校の最寄り駅だ。

 俺からすると、電車を降りて、高校を越えて歩いて行くことになる。まあ、別にいいんだけど。


「俺はあっちの路線だからな。浜急線」


「うっわ、珍しいですね。俺、会ったの、ふたり目ですよ。ひとり目は米山っていう女子なんですけれど……あれ?」


 ん?


「あー、そういうことですか」


 合点、とばかりに、池内は頷く。

 米山……米山って、そういえば後輩ちゃんの名字か。米山真春だったな。


 うん、なるほど。そこを把握されたと。そういう状況だな。


「ああ、一緒の路線だな、あいつと」


「まあ、じゃあその辺から聞きましょうかね。うーん、マックでいいですか?」


 こっちの駅前にはマックもスタバもある。まあ、安いし、男同士だし、マックでいいだろ。


 # # #


「コーヒーと……ヘーホンホヘホハイください」


 ちゃんと通じたことに軽く感動を覚えつつ、ベーコンポテトパイを受け取って席に着いた。


「さて、先輩。お話に入る前に、俺の彼女がご迷惑をおかけしたことをお詫びします」


 ハンバーガーを片手に、彼が頭を下げる。律儀だなあ、おい。


「いや、いいよ別に。気にしてないから」


 フリーダムだとは思ったけれど、別にあまり気にしていなかったのも本当だ。


「じゃあ、俺の彼女についてはこれでおしまい、と。先輩の彼女さんの話をしましょう」


 彼女なんかじゃない、と。付き合ってるわけじゃない、と言うべきか?

 どのみち、そのあたりまで話がやってきそうな気がする。とりあえずは放置でいいか。


「切り替え早いな」


「12時に集合なんですよ、部活。さくさくいきましょう」


 なるほど。


「そもそも、どうして真春と知り合ったんですか? まあ、先輩とあいつが接点を持つなんて、電車の中くらいしかないでしょうけど」


 こいつは、後輩ちゃんのことを、「真春」と、下の名前で呼び捨てするんだな。

 そういう関係のやつがいてもおかしくない、というあくまでも理性的な判断と、それは別にしてどこか劣等感みたいなものが、俺の体の中で混ざり合って、妙な気持ちを覚えた。

 まあ、そこは大事じゃない。


「ああ、電車の中だな」


「あいつは何て言って話しかけたんですか?」


「俺が落とし物したら、それを拾うついでに。落としましたよって」


 ところで、どうして俺は後輩男子にあいつとの出会いから尋問されてるんだ?

 まあ、どうせこんなことだろうと分かっていて、ノコノコやってきた俺も悪いのか。


「なんか、ベタですね」


「うん。自分で話しててすげえそれっぽいなと思った」


「告白したのは先輩って言ってましたけど。そもそも先輩、あいつのどこが好きなんですか? 人懐っこいところなら、先輩から興味がなくなった瞬間にゼロになりますよ」


「経験者の言葉は沁みるな」


「全くです。昨日とか、あいつと俺、事務的な会話しかしてないですから」


 中学生の時だって言ってたから、だいぶ前だろうに、池内くんはひどい顔をしている。

 俺、そんなにやばい人引いちゃったの?


 さて。打ち明けるなら、この辺がベターだろう。

 ファクトチェックの時間だオラァ!


「そもそも、俺、あいつと付き合ってるわけじゃないんだよね」


「はい……?」


「だから、後輩ちゃん――ややこしいな、米山とは、別に彼氏彼女の関係でもなんでもないの」


「あんなに仲いいのに?」


「ああ、やっぱり傍目から見ると仲いいんだ」


「はい。少なくとも俺が見た中では一番です」


「そんなに?」


 マジかよ。

 この池内の言葉は、どこまで信用していいものなんだろうか。


「いや、逆ですか。付き合ってないから、あんなに仲がいいのが続いてるんですかね?」


「俺に聞かれても」


「先輩、本当に面白い人ですね」


「そう言われたのは、あいつに続いてふたり目だよ。おめでとう」


 こう返すと、彼は若干渋い顔をした。後輩ちゃんと比べられるのが嫌なんだろうか。


「でも、じゃあ、デートっていうのは?」


 ああ。そこか。


「あれはあっちが言い出したことなんだよ、辞書まで引っ張り出してきてさあ。恋愛感情があろうとなかろうと男女が一緒に出かければデートですーって」


「え、『デート』って単語、そういう意味だったんですか?」


「いや俺に聞かれても。辞書引け」


「俺、辞書持ってないです。高いし」


 そういうことを言ってるんじゃない。


「それじゃあ、昨日の『20回』っていうのは……」


「そうそう。あいつと話すようになってからの学校通った回数込みの話だ」


「へ? 待ってください。先輩、あいつと毎日話してるんですか? それで20日?」


「うん」


「それこそ異常ですよ!」


 池内くんは、机にばーんと手をついて、椅子から立ち上がった。


「真春、めっちゃ質問してくるじゃないですか」


「してくるな」


 一日一問のペースを死守して、めっちゃ質問してくる。


「一番最後に聞かれたの、何ですか?」


 最後……最後か。昨日のは例外として、その前だと、占い関連の、えっと、どっちだっけ。


「血液型かな」


「あの、先輩。俺、もう驚くのやめていいですか」


「はあ?」


「俺、付き合った初日に血液型その他もろもろプロフィール聞かれたんですよ。話はぜんぜん続かなくて。で、すぐに興味がなくなったのか、ぽいってされちゃいました」


 池内くんの声が、微妙な後悔の念を帯びているような気がする。


「それに比べて、先輩は何ですか。20日目で血液型って、おかしいでしょう。しかもまだ付き合ってないって。どうなってるんですか、先輩と真春の頭の中は」


「どうって……普通じゃない?」


「普通だったらあいつとそんなに長続きはしません」


 きっぱりと、めっちゃ早口が返ってきた。


「はあ」


「付き合っちゃえばいいじゃないですか、先輩。真春は正直いい物件だと思いますよ、黙っていれば。顔もいいし、胸もある、そして先輩なら話もばっちり合うんでしょう?」


 自分の眉間に、皺が寄るのがわかった。


「あ、それともあれですか。先輩、最近流行りの……ほら、LGBT、みたいな」


「ごめんそれは違う。俺は一応、性的指向はノーマルのつもりだ」


 LGBTが流行りって言い方、あんまり良くない気もするけど、まあそれはそれとして。


「じゃあ、どうして。まさか他に彼女さんがいるとかですか?」


「まさか」


 これはただ単に、俺が意地になっているだけといえばだけなんだけれど。

 人間、たまにはそういう意地を通したい場面もあるものだと思う。


「実は俺、こんなんでもあの学校の生徒会長やっててな……」


 校則のもろもろで、俺は誰とも付き合わないことに決めていることとかを、話した。

 後輩ちゃんに同じ内容を話したのがずいぶん昔に思える。


「なるほど。先輩のお話はわかりました」


 俺のつまらない意地だけれど、こんなのでも意地ってのは意地なんだよ。


「だから、俺もあえて言います。あいつを――真春を、飽きさせない・・・・・・でやってくれませんか?」


「はあ?」


「昨日も言いましたけれど、あいつはあらゆる方面に飽きっぽいんですよ。それをここまで飽きさせないなんて、先輩はやっぱりどこかおかしいです」


「ひどい言い方だな」


「おかしい先輩だからこそ、お願いがあります。あいつがこれ以上寂しくならないように、不幸にならないように、真春を夢中にさせてやってくれませんか?」


 池内くんはまっすぐに俺の眼を見つめて、こう言った。


「恋人とか、恋人じゃないとかどうでもいいっぽいのは、先輩のお話を聞いてなんとなくわかったので。俺から頼むのも変な感じですけれど、まあ元彼代表として。とにかく、これからもあいつに付き合ってやってください」


 悪い気はしなかった。


「よろしくお願いできますか?」


 でも、返事には困った。結局、口から零れたのは、いつものような生返事だった。


「ああ……」


「うん。今日、先輩とお話できてよかったです。それじゃあ、あいつをよろしくお願いします」


 着替えが入っているのだろうリュックを肩にかけて、池内くんは自分のトレーを持った。


 特に用事があるわけでもない。家に帰ってぐでぐでしよう。

 俺も、すっかり冷たくなったコーヒーを飲み干して、席から立ち上がった。


 # # #


まはるん♪:「今日の一問」です


 帰りの電車から降りると、スマホに通知が来ていた。後輩ちゃんからだった。


まはるん♪:池内くんと、どんなこと話してたんですか?


 何で知ってるのこいつ。


まはるん♪:かすみから聞きましたよ

まはるん♪:ふたりで会ってるって

井口慶太 :お前の話してた

まはるん♪:週末まで会えないわたしのことを考えてくれるなんて……!

まはるん♪:ありがとうございます♪

井口慶太 :昨日会ったよな?

まはるん♪:きのうはきのう、きょうはきょうです

井口慶太 :名言みたいにしてるんじゃないよ

まはるん♪:いいじゃないですか

まはるん♪:まさか、それだけですか?


 ああ、他には何を話したっけ? だいたい後輩ちゃんに占拠されてた気がする。


井口慶太 :俺がゲイじゃないって話とか


 これがあったわ。

 返事はない。


井口慶太 :ごめん悪かったって

井口慶太 :あいつがホッケー部、とか

まはるん♪:ふーん

まはるん♪:ふんふーん


 ん? もしかして機嫌いい?

 こういう意味不明な文字列が来る時は、そういう時だ。


井口慶太 :お前こそ、今日は何してるの?

井口慶太 :あ、↑「今日の一問」で

まはるん♪:かすみとご飯たべてます

井口慶太 :ごゆっくりどうぞ。

まはるん♪:はーい

まはるん♪:はいはーい


 ノルマクリア達成。その表現、局所的ブームが来てるんだな。気持ちはわからんでもない。


 正直、LINEしてまで聞きたいことはあまりない。

 いや、それは嘘だな。実際、色々聞きたいことはあるんだけれど、LINEだと話がこじれるし、面と向かって話すにはちょっぴりシリアスすぎることなだけだ。

 だから、ついつい、安直な質問を投げてしまう。


 まあ、こんな関係も、悪くはないかもしれない。

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