第65日「せんぱい、敬語ってどう思います?」

 # # #


 月曜日。

 後輩ちゃんと顔を合わせるのが2日ぶりなのが、逆に新鮮である。


「おはようございます!」


 駅のホームに立つ彼女は、今日も元気そうだった。


「おはよう。元気だな」


「元気ですよ?」


 心外だ、というような顔をした。


「いやほら、そこは絵の締切で死んでるのかと」


「失礼ですね、そんなかんたんには追いこまれませんから」


 まだ、慌てて徹夜するようなタイミングではなかったらしい。

 文化祭自体は今週末だし、そろそろ焦るべきでは? それとも、もう完成の目処が立ったんだろうか。


「締め切りいつなの?」


「木曜ですよ。金曜に印刷するので」


「どこで?」


「キンコーズです」


 ああ。なんか便利なお店ってことだけ知ってるわ。へー。

 そんなこんなで、やってきた電車に乗り込んで、いつもの位置に収まった。


 * * *


 いつもどおりの電車で、いつもどおりにせんぱいと向かい合って立ちます。


「週末、なにしてましたか?」


「ぼーっと読書してたな、俺は」


「わたしそれどころじゃなかったです」


「まあがんばれ」


 ふと、目が合いました。

 そのまま5秒くらい、おたがい見つめ合って、電車が揺れると同時に視線がはずれます。

 なにこれ。


「せーんぱい、わたしと会えなくて、さびしかったですか?」


 なんだかくやしいので、つい、せんぱいをからかってしまいます。


「あのなあ……」


 せんぱいは、あきれた顔をしました。


「1日も2日もそんなに変わんないだろ。現代ならLINEだってあるわけだし」


「わー、ドライですね」


「論理的と言ってくれ」


「論理的ではないと思います」


「あー、そうかも」


 ちょっとだけやりこめて満足したところで、聞きたいことを聞いてしまいます。


「そんなせんぱいに『今日の一問』です」


「なんだなんだ」


「あのですね、せんぱい、敬語ってどう思います?」


 # # #


 敬語っていきなり言われてもだなあ……


「どうって?」


「かわいい、とか、かわいい、とか、ウソですってそんな顔しないでください」


 ああ、なんか、後輩ちゃんって感じがする。安心する。


「つまり、後輩ちゃんが敬語を使ってることについてってこと?」


「何かコメントを」


「その前に、俺も『今日の一問』していいか?」


「えー?」


 うぜえ。


「これ次第で解答が変わるから」


「じゃあどうぞ」


 渋々うなずく後輩ちゃんに聞いた。


「そもそも、俺に対して、敬意ある?」


「ないですね」


 後輩ちゃんがにこやかにうなずく。


「即答かよ」


「だって本当のことですもん。答えないわけいかないじゃないですか、約束なんだし」


 この子、ときどきめっちゃ辛辣なこと言ってくるからなあ。


「まあそれはいいや。だったら、正直必要あるのかなって感じはするかも」


「え、はい?」


 あら?

 なんかまばたきの回数が多い。俺の答えが、そんなに予想外だったか?

 まあでも、それならそれで好都合だ。日頃から弄ばれてる仕返しをしてやろう。


「でも、せんぱいは先輩ですし」


「そもそも、先輩に敬語を使わなきゃいけない意味がさ」


「はい」


「自分より長く人生を生きてきてるんだから、それなりに敬意を払われるべき知識なり経験があるからってことでしょ」


 俺は少なくとも、そう思ってる。


「これ、1年差とかだとほぼ誤差だよな」


「それは」


「ということで、後輩ちゃんの気持ちとしてもそうなら、ほんとに敬語いらないと思う」


 * * *


 どうしましょうどうしましょう。

 なんかトントン拍子に話が進んでて、逆にとまどってます。


「え、あの」


「ほら、試しに敬語取ってみてくれよ」


 いつになく、せんぱいが積極的です。


「なにか変なものでも食べました?」


「違う」


 それっきり、黙ってしまいます。


「なにか変なもの……食べたの?」


「そうそれ」


「違和感あり……ありすぎるんです……だけど」


 なんで、急にこんなことになったんでしょう。

 ちょっと照れているのか、顔が熱いとまではいかないにしろ、あたたかくなりました。


「俺だって違和感あるわ。もっと流暢にしゃべれよ」


「今までずっとやってたもの変えろとか言わないでくださ……言わないで」


「ほらまた詰まった」


 せんぱいがにやにやしています。

 これ、あれですね? わたしをからかってるんですね?


「あの、せんぱい。やっぱムリです」


「どうして? 俺に敬意ないんだろ?」


「それ根に持ってます?」


「けっこう」


「あら」


 敬うというよりは、なんか、対等というか、気楽な関係なんですけれどねえ。


「なんでしょうね。なんか、落ちつきません」


 せんぱいに対しては「後輩」でいたいとか、そんな感じのことでも思っているんでしょうか。自分でも、わからないです。


「ま、言葉遣いは自由だからな。いいんじゃね。俺の学年にも全員に敬語で話す奴いるし」


「え、じゃあなんでタメ語試させたんですか」


「タメ語を試す、略してためため」


「真面目にやってください」


 じとーっとせんぱいを軽くにらみます。


「なんか、新鮮でよかった」


「それ感想ですよ」


 だまされませんからね?

 じー。


「いや、単純に、後輩ちゃんが敬語じゃなかったらどんな感じなんだろうって気になっただけだって。というか、敬語の話を先に振ってきたのそっちじゃないか」


「それも、そうでした」


 それなら、わたしにだって、気になることがあります。


「じゃあ今度はせんぱいが、敬語を使う番ですね」


「は?」


 まさか飛び火するとは思っていなかったのか、ぽかんと口を開けてしまわれました。


 # # #


 後輩ちゃんにタメ語をオーダーしたら、自分にブーメランが返ってきた。


「いやいや、無茶振りよくないって」


「せんぱい?」


 これは……言うまで収まんないんだろうなあ。

 電車が到着するまではまだ時間があるし、もういっそこうなったらネタだ。エンタメをつくろう。

 コホン、とひとつ咳払いをして、演技をした。


「無茶を言うのはお止めください、お嬢様」


「……!」


「お加減はいかがですか? 何かございましたら、なんなりとお申し付けください」


 ここまで言ったところで、後輩ちゃんが笑いを抑えきれず、吹き出した。


「ぷっ……あはは!」


 勝った。


「せんぱい、それなんか違いますから」


「敬語を使うよう仰せになられたのはお嬢様ですが」


「そうですか。じゃあ、もういいですよ、執事さん」


 お互い、我に返った。

 目と目を見て、話す。


「……今までどおりが、一番いいな」


「そうですね」


 そういうことになった。

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