第64日「気になっちゃってるんですか?」

 # # #


 土曜日。

 後輩ちゃんにつきあってLINEのやりとりをして、だいぶ夜更かしをしたので、朝起きたのはいつも……いや、いつもよりちょっと遅い時間だった。具体的には、ちょうど正午くらい。

 起きてすぐに、スマホを見てしまった。いや、ほら、ね? 後輩ちゃんからメッセージとか届いてたら、悪いじゃん。ところが杞憂だったようで、コマーシャルのメールが何件か来ていただけだった。


 そのまま、土曜日は平穏のうちに過ぎ去った。


 昼が過ぎ、日が沈んで、夜になって。

 後輩ちゃんからの連絡は、何もなかった。えっ。

 23時になって、例によって寝るかぁと布団に入っても、やっぱりLINEは動かない。


 おかしい。

 そんな気持ちを抱えつつ、気がついたら眠ってしまっていた。


 # # #


 翌、日曜日。

 目が覚めても、やはりというべきか、彼女からの連絡は来ていなかった。

 とりあえずベッドから這い出て、顔を洗って、朝ごはんを食べた。

 その後どうしようとなって、とりあえず部屋に戻ってタブレットを手に取った。溜まったウェブ小説の更新分を読もうとする。

 ぜんぜん、頭に入ってこない。1行読むごとに後輩ちゃんのことを考えてしまって、1ページ読むごとにLINEを開いてしまう。これはいけない。


 正午を過ぎたころ、ついに我慢ができなくなった。


井口慶太 :なあ、生きてるか?


 それでも、心配するような言葉は絶対に書いてやらない。

 ちょっと雑すぎるくらいの言葉で勘弁してもらいたい。


まはるん♪:生きてますよ

まはるん♪:失礼なせんぱいですね


 後輩ちゃんからの返事が来たのは、それからさらに1時間経ったころだった。

 正直、ほっとした。


 * * *


 せんぱいからのラインが来た音で、気がつきました。寝落ち……?

 えーと、今は……日曜日の、午後ですね。で、わたしは作業をしていました。来週の文化祭に向けて。なるほど。


井口慶太 :何してたんだ?

井口慶太 :まあたぶん

まはるん♪:来週の準備に決まってるじゃないですか

まはるん♪:文化祭の

井口慶太 :そりゃそーか


 文化祭に、絵を出す、とは言ったものの。

 実際、無事に描きあげることができるか、ちょっと雲行きが怪しいです。なのでもう週末は犠牲にしてしまおうかなあと筆を握っていたのでした。

 おかげで、だいぶ絵は進んだのですけれど、ひとつ忘れていたというか捨ててしまったものがあります。


まはるん♪:あ、せんぱい、もしかして

まはるん♪:「今日の一問」です

井口慶太 :は?

まはるん♪:週末にわたしと会えてないこと、

まはるん♪:気になっちゃってるんですか?


 これです。

 わたし、せんぱいとおはなしするようになって以来、週末の土曜か日曜のうちどちらかはぜったいに会うようにしてたんですよね。どうしてかは、わかんないですけれど。

 で、今週は絵のせいでそれをすっぽかした形になってるので、気になってるかなあと思って、それをちょっといじわるに聞いてみました。


井口慶太 :あのなあ……

井口慶太 :いや、確かに気になってるけど

まはるん♪:へー

まはるん♪:気になっちゃってるんですねー

井口慶太 :連呼するな

まはるん♪:へー(にやにや)


 画面の向こうで、せんぱいが照れている様子が思い浮かびました。


井口慶太 :ふつうにあれだから

井口慶太 :どっちかというと今までなんで欠かさず会ってたのか謎だから

まはるん♪:なんででしょうね?

まはるん♪:わたしにもわかりません


 わからないってのは嘘かもですね。わたしが意識してやってたわけですし。


井口慶太 :で、あれか。

井口慶太 :今週は忙しいから無理、と

まはるん♪:はい

井口慶太 :実際、できそうなの?

まはるん♪:なんとかなると思います

井口慶太 :そりゃよかった


 # # #


 おかしいな。

 後輩にLINEを送ったと思ったら、いつの間にか、からかわれていた。

 何を言っているかわけがわからないと思うが、俺にもわからない。


まはるん♪:でもあれですね

まはるん♪:ここでせっかくの流れを切っちゃうのも

まはるん♪:もったいないですね


 後輩ちゃんが、何か言い始めた。


井口慶太 :流れ?

まはるん♪:毎週末のやつです


 ほう。


まはるん♪:せんぱい、今からうち来ますか?

まはるん♪:今誰もいないんですよ


 あのね。

 びっくりするから。そういうことを急にぶち込んでくるの、本当にやめてくれ。

 心臓、止まりそうになったじゃんかよ。何誘ってくれちゃってんだよ。


 「うん」と返事をするのは素直すぎるし、断るのも、何か違う。

 板挟みになって間から漏れてくるのは、結局相手をからかう言葉だった。


井口慶太 :へー

井口慶太 :来てほしいんだ?


 * * *


 ほんと、なんでもないときにこんなこと言っちゃって。


まはるん♪:冗談ですよ

井口慶太 :答えになってない

井口慶太 :上のやつ、「今日の一問」にするわ。答えて


 全力でわたしに恥ずかしいことを言わせようとしてきます。その姿勢、見習う……というか、参考にさせていただきましょう。

 とはいえ、まずは目の前のこの状況をどう突破するかです。


まはるん♪:そりゃあ

まはるん♪:来てほしいですよ、


 あたりまえじゃないですか、とスマホで入力していると、玄関の方で、がちゃんと音がしました。


「ただいまー」


 買い物に出かけていた母親と父親が、帰ってきてしまったようです。


まはるん♪:あ

まはるん♪:やっぱりいいです

井口慶太 :へ?


 今ごろせんぱいは、どんな風に拍子抜けしているんでしょうか。


井口慶太 :いや、確かに手土産もないしさ

井口慶太 :いいんだけどさ

井口慶太 :なんで?


 そりゃ、聞きますよね。


まはるん♪:親が帰ってきちゃいました

井口慶太 :は?

井口慶太 :お前こっちに親がいる時押しかけてきたのもう忘れたのか

井口慶太 :初回でラインまで交換しちゃってさー


 せんぱいから、矢継ぎ早にメッセージが届きます。


まはるん♪:それはいいんですけど

まはるん♪:せんぱい、わたしほど人当たりよくないでしょう?

井口慶太 :まあ、確かに

まはるん♪:だから、だめです

まはるん♪:また明日、ですね


 一番の理由は、親に紹介するのは恥ずかしいから、なんですけどね。

 それはまだ、ないしょです。

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