第63日「なんて返事したんだ?」
# # #
後輩ちゃんが、水曜日に他のやつから告白されて。
木曜日に、そのことを聞いて。
今日、金曜日の朝。もう少しだけ待ってくれと伝えた。
これで、よかったんだろうか。
明日からまた、いつもの俺たちみたいな関係に戻れるんだろうか。
一気に進むのは嫌だし、なくしてしまうのも嫌だ。俺が言ったのはそんな感じのことだ。冷静に考えて、ちょっとわがまますぎるとも思う。
そんなことを頭の中で転がしながら、ツイッターとかウェブ小説とかをタブレットで流し読みしていると、画面の上の方に通知が見えた。
まはるん♪:こんばんは
後輩ちゃんからだった。
時計を見ると、夜の23時を回っていた。もうそんな時間か。明日は休みだし、今週は宿題も少ないからぼーっとしていた。もう寝るのもありだ。その分明日の朝早めに起きられるかと言われたらそんなことはないんだけれど。
井口慶太 :おう
まはるん♪:まだ起きてます?
まはるん♪:たぶんまだ何かしてますよねせんぱい
井口慶太 :じゃあ寝る
そうと決まれば、と。
風呂には入ってあるから、机の上片付けて、歯ブラシを取りに行く。
まはるん♪:はい?
まはるん♪:あの
井口慶太 :よし、これで寝れる
昨日はせっかくこれくらいの時間にベッドに潜り込んだのに、誰かが変な話を後輩ちゃんに持ちかけてくるからLINEが来なかったし。実はちょっと恨んでたりする。
井口慶太 :はい。布団入った
最初のメッセージが届いてからここまで、5分くらい。男はこういうところが楽でいい。
* * *
せんぱいに寝る前のLINEを送ったら、せんぱいも布団に入ったみたいです。
ふだんはもうちょっと寝るの遅いって言ってましたけど、いいんですかね。
まはるん♪:せんぱい、もう寝るんですか?
まはるん♪:まえ、日付がかわるころって
井口慶太 :いいのいいの
井口慶太 :今日は寝る
まはるん♪:そうですか
いいらしいです。
うーん。何のおはなしをしましょうか。
なんでしたっけ。お互いに冷え症だから、手先足先があたたまるまで時間をつぶす、みたいのが最初のコンセプトでしたよね。うーん。
ベッドの上のせんぱいの姿を、想像してしまいます。上向き? それとも、横向き?
まはるん♪:せんぱいってまだメガネつけてますか?
井口慶太 :なんだよいきなり
井口慶太 :つけてるけど
近視の人にとって、メガネは、寝るときには外すものです。つけたまま寝て、何かのまちがいで身体の下敷きになってひしゃげちゃったりしたら大変ですから。
わたしが日中つけているコンタクトレンズも、言わずもがなですが。入れたまま寝るのは眼によくないらしいです。
で。迷うのが、こうやってベッドに入った後でスマホをいじっていたりするときに、メガネをどうするかです。つけた方が画面は見やすいですけれど寝落ちがこわく、つけないとスマホを相当近付けなくちゃいけなくて、目に悪そうなんですよ。
せんぱいは、つける派なんですね。
井口慶太 :あ。
井口慶太 :なるほど
まはるん♪:?
井口慶太 :後輩ちゃん、コンタクトだったよな
井口慶太 :つまり、寝る前には外すんだよな
なんでしょう。この、画面越しの文字から伝わってくる妙な迫力は。
井口慶太 :今裸眼? それともメガネ?
# # #
いきなりメガネについて聞いてくるなんて、なんなんだよいったい。
後輩ちゃんも近視だったことを思い出して、逆に質問した。
まはるん♪:メガネですよ
目をつぶって(さすがにまだ寝れない)、後輩ちゃんのメガネ姿を想像する。前にも想像したことあったな。たぶんひと月くらい前。俺の誕生日の頃だったはず。
その時から、俺と彼女の関係はどれくらい縮まったんだろうか。俺自身、よくわからない。
井口慶太 :そうか
井口慶太 :どんなメガネ?
あの時は、なんだっけ。見たけりゃ泊まりに来いみたいなことを言われた気がする。
まはるん♪:気になります?
まはるん♪:知りたいんですか、せんぱい?
井口慶太 :う、うん
言い方が!! 小悪魔!!
まはるん♪:しかたないなー
まはるん♪:とくべつですからね?
何が特別なんだよ、と送ろうとした瞬間、チャット欄がぐぐっとずれる。
まはるん♪:[画像を送信しました]
笑顔でほっぺにピースをくっつけて、ゆるふわな模様の枕を背景にした後輩ちゃんの自撮りが送られてきた。
普段と違うのは、少し眠そうな目をしているのと、その周りを金属のフレームが囲っていることだ。細いシルバーフレームは普段の印象とはちょっと異なるかもしれないけれど、彼女によく似合っていた。相変わらず、かわいいことで。
まはるん♪:どうですか?
井口慶太 :眠そうだな
まはるん♪:ねむくないですよ
まはるん♪:まだ
まはるん♪:って、もう0時なんですね
チャット欄の真ん中で、日付が変わる。11月18日、土曜日。
日付が変わったということは、『質問』の権利が復活したということだ。
さっきからずっと気になっていたことを聞いたっていいだろう。
井口慶太 :ということで、「今日の一問」のお時間です
まはるん♪:え
冗談めかして聞き始めたけれど、聞くことは割と真面目なお話。
井口慶太 :なんて返事したんだ?
井口慶太 :告白されたやつ
こんな風に聞くのはズルかもしれないけれど、やっぱり知りたかった。権利はあるわけだし。
まはるん♪:[通話を開始しました]
* * *
「せんぱい?」
眠気がふきとんじゃいました。
「どうした、いきなり通話なんて」
夜遅くです。お互いに布団の中で、声を押し殺します。せんぱいのこんな感じの声、前にも聞きましたね。
「せんぱいが悪いんですよ、いきなり」
「だって気になったんだもん。で。『今日の一問』だぞ」
これじゃ、嘘つけないじゃないですか。
「いや、おつきあいはできませんって。それだけですよ」
「理由とか、絶対聞かれるだろ」
こういう時ばっかり、しっかり核心をついてくるんですから。まったく。
目をつぶって、声が震えないようにしっかり息を吸って、言います。
「好きな人がいるので、って言いました」
せんぱいが唾液を飲み込む音が、電話越しに聞こえました。
「いや、あの、その。えーと、ほらあれですよ。全部の事情を話す義理はないですし、全部話したら変だと思われるかもしれないですし、こう言っておけば変にこじれることはないので。はい。それだけですよ。べつに」
頬と耳まで暖かく感じるのは、頭まで布団をかぶっているから。そういう風に、自分を納得させます。
「そうか。ありがとう」
そして、通話が切れました。
# # #
まはるん♪:眠気、ふきとんじゃいました
まはるん♪:せんぱいのせいですよ
井口慶太 :そうか、ごめん
まはるん♪:おわびに、もっとつきあってください
まはるん♪:わたしがねむれるようになるまで
この後、俺も自撮りを送る羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます