第100日「せんぱい、わたしと、おつきあいをしませんか?」

 # # #


 12月25日。クリスマス。聖夜。降誕祭。聖誕節。ノエル。

 まあ言い方はどうでもいいんだけど、世間的には、年度末の一大イベントの日だ。


 例年通りなら、暖房の効いた家に閉じこもってタブレットいじるなりゲームするなりしてるところなんだけれど。

 あいにく今年は、予定がある。

 後輩ちゃんと会うのだ。


 100日前――厳密には103日前、はじめて後輩ちゃんに話しかけられたのが、はるか昔のように感じる。あの時は、ここまで深く関わり合う相手になるだなんて、思っていなかった。

 まあそもそも、「恋愛禁止」の状態が前提としてあったわけだしな。

 毎日会って、くだらない話と「今日の一問」をして、気付いたら2学期も終わってクリスマスだ。


 電車のいつもの場所に収まって話したり、夜はLINEで話したり。

 彼女に会うまでは、女子と、サシで話したり個チャしたりする機会なんてほとんどなかったのに。気が付くと、後輩ちゃんとのそれが当たり前になっていた。

 この100日、彼女と一切関わらなかった日はないんじゃないか?

 Twitterより仲良し、だと言い過ぎにしても、ウェブ小説サイトよりは後輩ちゃんと仲良くなったんじゃないだろうか。頻度的な話ではあるけど。


 なんてことを考えながら着替えを済ませて、出かける準備ができた。


 ……ところで今日、集合は、どこに何時なんですかね。

 そういや昨日の後輩ちゃんとのLINEは朝やったっきりで、全く詳細を決めていなかった。


 まあ、スマホあるし、何とかなるか。

 着替えてしまったし、なんかもう、体が出かけるモードだ。家でだらだらしていたくはない。


「行ってきます」


「あら、今日だったのね。昨日出かけるかと思ってたのに」


 部屋を出て、一応リビングに挨拶を入れると、母親が混ぜっ返してくる。


「は?」


「帰りは終電逃しちゃってもいいわよ」


「何を申すか」


 動揺して言葉遣いが変になった。


「あ、ちゃんと気を付けるべきところは気を付けて、だけど。赤ちゃんの面倒は見れないわよ?」


「いやあの」


「はい、行ってらっしゃい」


 ここまで一方的に告げられて、ドアをバタンと閉められた。向こう側から、朝食の食器の洗い物をする音が聞こえてくる。

 あのなあ。別に俺と後輩ちゃんはそういう関係じゃないっつの。別にそういうことする気も……ないし。ないったらないし。


 ぶんぶんと首を振りながら靴を履いて玄関のドアを開けると、すぐそこに人が立っていた。

 ん?


「すぅ……はぁ……」


 目をつむって、大きく手を広げて、深呼吸をしている。

 ドア開ける音に気付かないって、どれだけ集中しているんだろうか。


 そう。後輩ちゃんが、俺の家のインターホンの前で立っていた。


「おはよう」


 声をかけた途端、後輩ちゃんの身体が跳ねる。


「せんぱい?!」


 * * *


 12月25日。

 せんぱいとのデートを確約したところまではよかったんです。

 

 きのうの朝、あんまり見事にラインがかち合ってしまったので、あそこでわざわざ「時間どうします?」とは聞く気になれませんでした。

 考えた末、朝早くからせんぱいのおうちに行けば、どうせせんぱいは寝ぼすけさんですからすぐ合流できるなあ、と。


 そしてクリスマス当日。わたしはいつも通りに起きて、身支度を整えて、せんぱいのところまで来たわけです。もちろん、お母さまには話を通してあります。


 それでも。

 それでも、せんぱいのおうちの呼び鈴をならそうとしたところで、妙に緊張してしまって、心臓がばくばくなってしまいました。

 しかたないので、深呼吸します。

 なんでこんなに緊張しちゃってるんでしょうね。もう……


「おはよう」


 そんな時に、ぼうっと考えていた相手に、真横から声をかけられてしまったのですから、そりゃあもう、びっくりするわけです。


「せんぱい?!」


「鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔してるぞ」


「鳩に豆鉄砲食らわせたことあるんですか?」


「そもそも豆鉄砲持ってねーよ」


「なんでしたっけ、AK、とか」


「それガチの鉄砲じゃん。弾け飛ぶからやめようぜ」


 ふふふ。

 なんか、ちょっと落ち着きました。


「物騒ですねえ」


「いやお前がな……」


 # # #


 どちらからともなく、歩き出した。

 足の向く先は、いつも俺たちが使っている最寄り駅だ。


「クリスマスですよ、せんぱい」


「ああ」


 深呼吸していた後輩ちゃんは言わずもがな、早く目が覚めてしまった俺だって、緊張しているみたいだ。

 クリスマスとか言われちゃって、妙に言葉が出てこない。


「きよしこの夜ってあるじゃん」


「はい」


「きよしこさんって人がいて、その人の夜だと思ってたよな」


「あ、わかります」


 正解は、「清し、この夜」である。


「だよな」


 ほら、続かん。

 会話初心者かよ。100日間の修練はどうした。


 その後もなんとか話を続けようとするけれど、やっぱりぷつんぷつん途切れてしまうことを繰り返しているうちに、駅に着いてしまった。


 * * *


 もー。

 せんぱいもわたしも、ダメダメです。何がいけないのか知りませんけど。

 しかたないですね。


「せんぱい」


 駅舎の入り口よりちょっと手前で、立ち止まりました。


「どうした?」


 わたしの横には、自動販売機があります。

 そう。はじめてせんぱいとお話したとき、せんぱいがジュースを買ってくれたところです。


「ジュースおごってください」


「え? なんで?」


「休憩というか、仕切り直しが必要です」


「まあそれはわからんでもないけど、勝手に買えよ」


 むぅ……

 ふつうなら自分で出しちゃうところですけど。そもそもおねだりなんてしませんけど。

 この自販機でくらい、買ってくれたっていいじゃないですか。まさか、忘れてなんかないですよね。


「今日わたし迎えに行きましたよね、せんぱいのこと」


「頼んだわけじゃないんだけどなあ……」


 ぼやきつつも、せんぱいはお財布を取り出してくれます。えへへ。


「同じのでいいか?」


「あ、寒いのであったかいミルクティーで」


「そこはこだわらないのかよ……」


 だって寒いんですもん。


「ほれ」


 仕切り直しといいますか、スイッチの入れ直しのために飲み物を買ったはずだったんですけど、気がついてみたらいつもの空気感が戻っていました。

 なんていうんでしょうね、この、なんか、好き好き大好きらぶらぶってわけでもないんですけど、ほどよくからかう感じというか。

 こんな雰囲気が、いつのまにか、だいすきになっていました。


「ありがとうございます」


 あたたかいペットボトルをひねって開けて、ごくんと一口飲みます。

 ふう。


「飲みます?」


 ふたを開けたままのボトルを、ついっとせんぱいの方に向けました。


「じゃあ飲む」


「へ?」


 ぽかんとしているうちに、握力のゆるんだ手からペットボトルがするっと抜きとられてしまいます。

 せんぱいが、ごくり。


「甘いな」


 耳を真っ赤にして、こんなことを言うせんぱい。

 それおとといもやったでしょう。


「もう……」


「自分から誘っといて、何恥ずかしがってるんだか」


「うるさいです、だまって」


「はいはい」


 せんぱいをからかうはずだったんですけど。どうしてこうなったんでしょうね。


 # # #


 自爆したけど、後輩ちゃんをそれ以上に恥ずかしがらせられたから、勝ち判定でいいはずだ。

 なんとなくぎこちなかった空気も、普段みたいに戻ったし。


 お互いが復旧するまで少し時間がかかったが、いつもの駅から、いつもみたいに、学校方面の電車に乗り込んだ。時間は普段と違うけど、そんなのは些細なことだ。

 いつもと同じ車両のいつもの場所に、吸い寄せられるように収まる。席はがら空きだけど、こっちじゃないと落ち着かない。

 後輩ちゃんはドアの脇、座席の端のところに寄りかかって立って、俺はその横に飛び出した手すりを掴む。やっぱり、これが一番しっくりくる。


「冬休みになってまで学校の方行くなんて。しかもせんぱいといっしょに」


「ほんとだよ」


 どちらからともなく足を向けたくせに、半分は自分の意思が入ってるくせに、さもお互いが望んだかのように言い合う。


「まあそんなことは置いといて。後輩ちゃん」


「はい」


 後輩ちゃんの瞳をじっと見て、俺は話を始める。


「話と、今日の一問がある」


「どうぞ」


「もうわかってるとは思うけど、俺は、後輩ちゃんのことが……いや、米山真春さんのことを」


 はっずかし。

 心臓が胸の中でバクンバクンと脈打つのを感じる。


「恋愛的な意味で、大好きです」


「はい」


 後輩ちゃんの顔に、驚いた様子はない。校則まで変えさせておいて、気持ちが透けてなかったら逆に問題ではあるけど。


「その上で、質問です。後輩ちゃんは俺のことを、恋愛的な意味で、どう思っていますか?」


「そんなの、決まってるじゃないですか」


 最高の笑顔で、後輩ちゃんは俺に言う。


「だいすきです」


 幸せが、溢れた。


 * * *


 昼間の、お客さんがぱらぱら乗っている電車の中、いつもの場所。

 ロマンチックさのかけらもない告白でしたけれど、今までされた告白の中で一番、いや、比べものにならないくらい、うれしかったです。


 さて、次はわたしの番ですね。


「せんぱい」


 いけない。せんぱいって呼ぶだけで、にやけちゃいます。


「井口慶太せんぱい。わたしからも、今日の一問です」


「うん」


「せんぱい、わたしと、おつきあいをしませんか?」


 にやけた表情を抑え込もうとして失敗しているせんぱいが、大きく頷きました。


「喜んで」


 あの。

 電車の中で、こんなにしあわせになっちゃっていいんでしょうか。

 いてもたってもいられなくなって、目の前のせんぱいに一歩近づきます。


「ん?」


 そのままちょっと背伸びをして、せんぱいに抱きついちゃいました。えへ。

 わたしより大きな体は、コート越しでもちょっとごつごつしていて、やっぱり男の子なんだなあ、と思います。


「だいすきです、せんぱい」


「俺も、大好き」


 「だいすき」って言うたびに、体の中から、ふしぎと幸せがたくさん湧き出てきます。

 ほんとはもっとこうしていたいけれど、ここ電車の中ですし、あんまりいちゃつきすぎるわけにもいかないですよね。


「これ以上は、もっと静かなところで、です」


 せんぱいの耳元でささやいて、体を離しました。


「お前なあ……」


「なーにびくっとしてるんですか」


「後輩ちゃんが変なこと言うから」


「至って常識的なことを言ったつもりですよ?」


 これ以上何するとは言ってませんからね。


「まあ、そうだけど……」


「あ、でも、手はつないでも大丈夫ですよね、せんぱい」


「え?」


「ほら、手出してください」


 せんぱいの左手を引っ張って、わたしの右手と、指の一本一本まで深く絡ませ合いました。

 ぎゅっとお互い握り合って、隣にいるせんぱいの方を向いて、目が合って、自然と笑顔になっちゃいます。えへへ。


 これからも、ずっとずっと、よろしくお願いしますね。せんぱい。







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これにて、当作品は完結です。


1年以上の長きにわたって、ずっと応援してくださった読者の皆さんに、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。



おまけをいくつか投稿する予定がありますので、作品フォローは是非そのままで。


読者からの反響は、作者の原動力となります。応援コメントやレビューをいただけますと、非常に嬉しいです。

どうぞこちらもよろしくお願い致します。


以上、兎谷あおいでした。

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