第96日「せんぱい、どなたか、好きな方がいらっしゃるんですか?」
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「ただいまより、平成29年度第2学期終業式を始めます」
講堂に3学年の生徒が集まり、教頭先生がこう宣言して、冬休み前最後の行事が始まった。
今回は生徒会長としての仕事もあるので、特別に一番前に座らせてもらっている。便利でいいし前の圧迫感もなくて快適なんだけれど、ちょっとはちゃんとしないといけないのがめんどくさい。
というかそもそも、終業式自体、めんどくさい。
何が悲しくて朝から学校に来て、校長の話を聞いて、昼前にじゃあ終わり―って放り出されなきゃならんのだ。まあ、校長の話が50%くらいの確率で面白いと感じる俺は、まだ退屈しない方なんだろうけど。冬休みなら、さっさと冬休みにしてくれればいいのに。あ、成績が出るか。
そんなことより、今日はもっと大事なことがある。
そう。
終業式が一通り終わったら、生徒総会をやる。生徒総会をやって、時代錯誤の校則をいくつか、変えてやるんだ。
一応、根回しは済んでいる。生徒会長権限で昼休みに全部のホームルームを回って、改正案を掲示板に貼らせてもらった。生徒会の印鑑と教頭の印鑑が押された正式なやつだ。これで周知したことにはなる。どうせみんな関心ないでしょ。周知がうまく浸透していなかったにしても、改正方法のところに決議方法の指定はなかったから、「反対者は挙手」でどうにでもなるだろう。
決議そのものがうまくいくかという不安より、その前に全校生徒の前で話すということに緊張しながら、校長先生のありがたいお話を聞く。
冬休み前ということもあってか、正月に絡めてまた1年頑張れよ、というありきたりな話だった。普段なら眠気が襲ってきたかもしれないな、と思うくらいには退屈だったけれど、頭の中で段取りを整理できたからよしとしよう。
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「以上で、平成29年度第2学期終業式を終わります。続いて、えー、生徒会からお話があるので、皆さん席はまだ立たないでください」
ちょ。教頭。そこは生徒総会をやりますって宣言するところじゃないのか。まあ、俺らの方で言えばいいことだけどさ。
最前列の席から立ち上がろうとして、隣になぜか座っていた出塚に「がんばれよ?」と耳元で言われる。うるせえ。お前に言われたって嬉しくねえよ。
ここ数か月でだいぶ緊密な連絡を取るようになった、生徒会の首脳陣とアイコンタクトをしつつ、教頭が使っていたマイクのところに立つ。
1年A組の一番前に座っている後輩ちゃんと目が合った。お前、名字「よ」で始まるだろ。もっと後ろでいいだろ。なんでそんな前に座ってんだよ……
俺に気付いた彼女が、何事かを口パクで伝えようとしてくる。なになに……
「あ」「ん」「ま」「れ」?
ああ、「がんばれ」か。
理解した瞬間、後輩ちゃんがウインクを飛ばす。かわいい、けど、無視する。俺には俺の仕事があるんだ。せっかく精神統一してたのに、どうしてくれる。
「皆さんこんにちは」
案の定、声が震えた。咳払いをわざと挟んで、自分を落ち着かせる。対してみんな興味もなさそうで注目されていないとはいえ、これだけ多くの人数の前で話すのは慣れない。
「生徒会長の井口です。早く帰りたいという人も多いでしょうが、少しだけ生徒会に時間をください。それでは」
ここでいったん言葉を区切って、そして宣言する。
「ただいまより、生徒総会を開催致します。議題は、掲示もしていましたが『校則の改正』について、発議は私、生徒会長からとします。既に周知済みですが、生徒会書記から改正案の概要について説明を行います」
そもそも改正内容自体俺のわがままだから説明は俺がやるよ、とも言ったのだけれど、そこは書記がやってくれることになった。実務は譲れないだそうな。変なこだわりだと思ったけど。
「ではまず、第72条についてですが……」
こうして聞くと、俺が全部ひとりでやるより良かったんじゃないかと思う。
「改正の理由としましては、……」
噛まないし、ちゃんと原稿練ってきたのがよくわかる。ほんとありがとうって感じだ。俺は周りにばっかり気を回して、こういうところはどうせ当日の自分が何とかしてくれると信じちゃうからな。実際、ある程度なんとかなるし。
「最後に、第51条です。本規則は、学生の男女交際を認めないとするものですが、性の価値観の多様性の尊重や自己決定権の観点から、これは時代にそぐわないとする意見が生徒会の中では多数となりました。よって、改正案では第51条を削除することとしました」
うんうん。
教頭先生とか、生徒会のみんなに訂正を食らいつつ落ち着いた案だ。内容的には問題ないだろう。
というか、はじまりからしたら、後輩ちゃんとの約束的には51条だけ変えればよかったし、他はカモフラージュだからどうでもいいつもりだったけど。なんだかんだ、本腰を入れて、将来の後輩たちのためにもがんばってしまった。
「決議に移る前に、不明点などの質疑応答を行います。何かある方は挙手をお願いします」
まあ、どうせ全校生徒の前で質問する奴なんていないだろ。そう舐めてかかっていたから、質問に答える人すら決めていなかった。
そんな俺の心中を知ってか知らずか。緩んだ空気とは対照的に指先まできっちりと揃えられた手が、講堂の最前列で、すっと挙がった。
「はい」
聞き覚えのある、否、俺が毎朝のように聞いている声を発しながら、後輩ちゃんが挙手をしていた。
* * *
席から立ち上がって、生徒会の人からマイクを受けとりました。
「えっと、生徒会長に、質問があります」
わたしと一緒にやりましょうって言ったのに、けっきょくほとんど仕事回してくれませんでしたよね。
……あ、昼休みにいっしょに教室を回ってプリントを貼ったのは、たのしかったですよ。
でも、ちょっとだけ、仕返しさせてもらいますよ、せんぱい。
「即
わたしがこう口にしたとたん、せんぱいは表情をきっと引きしめて、となりの子からマイクをひったくりました。
「はい」
ふふふ。変な顔してますね。やられた、とか思ってるんでしょうか。
なんせ、わたしが「
「せんぱい、どなたか、好きな方がいらっしゃるんですか?」
まわりのみんな、はやく終われよーってだらだらしてこちらの話も聞かずにおしゃべりばっかりしてますし、明日から冬休みですし、これくらいのこと聞いちゃってもいいでしょう。
ね、せんぱい?
「はい」
せんぱいも同じ見立てだったようで、変に粘らず、穏便に流す道を選んだようです。賢明ですね。
まあ、まじめな方々には聞かれちゃってるでしょうけどね。
それに、生徒会の人なのでしょうか、前の方に立っていたうちのひとりは、目をまん丸にして、せんぱいの方振り返ってました。はあ。やっぱりいるんですねえ。
「わかりました、ありがとうございます」
照れているのでしょうか、微妙に耳を赤くしちゃっているせんぱいをほんの少しかわいく思いながら、わたしは席につきました。
* * *
そのあとは特に質問もなく、賛成多数で草案は可決され、晴れてこの学校は恋愛自由となりました。
3か月ごし……思ったより、短かったですね。
わたしがそんな感慨にひたっていると、スマホがメッセージを受け取って震えます。
井口慶太 :おまえええええええ
井口慶太 :ゆるさん
さて、ひとまず、このラインにどうやって返信するかを考えましょうか。
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