第98日「サンタさんって、いつ頃まで信じてました?」
# # #
「サンタさんって、いつ頃まで信じてました?」
今日もまた昼間から後輩ちゃんに呼び出されて、顔を見るや否やこんなことを聞かれた。
明日はクリスマスイブで、街も何となく浮ついた雰囲気だからだろうか。
「サンタかあ」
サンタクロース。クリスマスの象徴。
24日深夜から25日未明にかけて、幼い子供を持つ家庭を中心に、ありえないほど多くの住居に不法侵入を繰り返す存在だ。
幼い時には枕元まで毎年来てくれてるものだと信じ込むものだけれど、いつの間にか、みんな、その存在を信じなくなってしまう。
子供からすると、ロマンの塊だよな。
「サンタさんへのおてがみ」とか、書いてた頃がほんと懐かしい。
「小学校上がる前後くらいかな」
曲がりなりにも「今日の一問」なので、正直に答える。
「何がきっかけで気づいたんですか?」
「冷静に考えて、不可能だろって」
小学校に入って、物心ついて、クラスメイトができて、たくさんの、自分以外の子供の存在を認識して。
俺の知らない子を含めて、たくさんの子供の家を一軒一軒巡ってプレゼント配るのなんて、不可能だろうと思ってしまった。
「分身してるとか考えなかったんですか?」
「んー……、それはなんか違う気がするぞ、サンタらしくないというか」
国別に担当者が違う、とかならわからなくもないけれど。
というか、その発想を突き詰めていった先が真実じゃないか。
「まあ、そうですけど」
「極めつけに、だけどな。詳しいことは覚えてないんだけど」
確か、なんかで両親とも出かけてしまって、俺ひとりが残された時だったと思う。
「家の中で、ちょうど今くらいの時期に、サンタに頼んだプレゼントを見つけちゃったことがあるんだよね」
「ああ……」
「決定打だったよな」
今にして思えば、わざと見つけさせたんじゃない可能性もあるのか。
ともかく、それ以来、俺はいわゆる「サンタクロース」の存在を信じなくなった。
* * *
「じゃあ、俺からも今日の一問」
「はい」
「後輩ちゃんこそ、いつまでサンタを信じてたの?」
まあ、そうなりますよね。
「『サンタさん』なんて言うくらいだし、案外最近まで信じてたパターンとか?」
「ぐっ」
なんでこの人は、こういうときだけ勘が冴えるんですか。まったく。
……まあ、この話に引きずりこんだのはわたしですから、これくらいのリスクはわかってましたけど。
最初から痛いところ突かれるなんて、思わないじゃないですか。
「図星か?」
「中学くらいまで……」
「ほー」
せんぱいがニヤつきます。
「べつにいいじゃないですか!」
「いや、悪いとは言ってないし」
「なんかかわいそうなものを見る目してます」
「それは違うわ」
ちょっとだけまじめな顔になって、ひとこと。
「かわいいものを見る目だから」
……もう。
# # #
「そんで、今日はどうしたんだ?」
だらだらしたい気分ですと、そこらへんのファミレスに連れ込まれたわけだ。
適当なメニューで腹を満たして、ドリンクバーのカプチーノをすすりながら聞く。
「どうもしないってわけではないんですけど」
「ほう?」
何か特別な用件でもあるんだろうか。
「ま、せんぱいにはないしょです」
デザートに頼んだパンケーキを一口ぱくりとして、そのまま何も言わない後輩ちゃん。
「え、なんで」
「言ったら意味がなくなっちゃうので」
ねっ? と、口元に指を持っていって「しー」とする。
「いや、かわいく言っても折れないぞ俺は」
「そうですか、でもわたしも言わないので」
「そうか、なら、」
「今日の一問」を宣言しようとして、はたと気付く。
さっき、俺、今日の一問使ったじゃん。おい。
なんかどうでもいいこと聞いたよ。サンタか。サンタクロースいつまで信じてたかだよ。
当初の目的の、外堀を埋めて性格を炙り出すって方向なら正しいのかもしれないけど。こういう時に「絶対質問に答えさせる」というカードがないのは痛い。
「あ、気付きました?」
後輩ちゃんが、へへんと笑う。
「お前なあ……」
俺にこの件で「今日の一問」を使わせまいと、あえて、今日会ってすぐにあんな質問をしてきたということだ。
最近、またやり込められることが増えている気がする。
「まあまあ、ふつうにしてればいいんです、せんぱいは」
「は?」
「わたしもふつうにするので」
「ほ?」
普通にしてればいいって、そしたら用件というのは何なんだろう。
俺たちが何か行動するってわけではないってことだろ?
うーん……
別の人が何かするのを眺めたり、スポーツ観戦するわけでもないし。何よりここはファミレスだ。そんな設備はない。
「まあそういうことなので。のんびりしましょう?」
そう言って、後輩ちゃんはドリンクバーコーナーへ行ってしまう。
ふむ……
ということは、なんだ?
俺らが観察される側ってことか?
でも別に、こっちじろじろ見てる人なんていないしなあ。
「なーにキョロキョロしてるんですか」
「いや、別に」
誰か俺らを見てる人がいないか気になったんだ、とは、さすがに言えなかった。
* * *
サンタの話、しておいて正解でしたね。
そしていちおう、今のところ気付かれていないみたいです。気付かれちゃったら、どうせせんぱいはかしこまっちゃうので面白くないですし。
じゃあ、今のうちに、ちょっとおもしろいことでもしましょうか。
「せんぱい」
まだちょっと辺りを気にしているせんぱいに、声をかけます。
「デザート、ひとくち交換こしませんか?」
わたしが頼んだのはパンケーキ、せんぱいが頼んだのは白玉あずきです。
「はあ、いいけど」
二つ返事で、黒いお皿をこちらに押し出してきます。
「そうじゃないですよ」
「お前、まさか」
「はい、あーん」
後ろのテーブルから、がたん、という音が聞こえましたけれど、それは無視します。動揺しちゃだめでしょ、しっかりしてよ。
一口大に切ったパンケーキをフォークにさして、せんぱいの口の前に。
「あのな」
「はじめてならまだしも、前にもやったじゃないですか」
「ロシアンたこ焼き? あれはなんか、また特殊じゃん」
当たりを相手に食べさせようと、必死になったんでした。
「あーん、はあーんですよ。ほら、あーん」
「これ食べないと終わらん系?」
「食べても終わりませんよ?」
「は?」
わかってるでしょうに。
「そのあとわたしに食べさせるところまでです」
「お前なあ……」
はあ、とため息をついて、せんぱいがあきらめたように首をふります。
「そんなにいやですか?」
やや逡巡があって、ひとこと。
「……嫌ではない」
「じゃあ、どうして?」
「いやお前そこ言わせる? わかってんだろ……」
何やらもごもごと口の中で言ってから、せんぱいが顔を真っ赤にして告げます。
「恥ずかしいんだよ、こんなとこで」
はあ、そうですよね。
「あのですね、せんぱい」
「なんすか」
「その、わたしだって、はずかしいんですよ」
せんぱいにちゃんと食べさせてあげようと、フォークを口のあたりで固定するのですが、そのときにせんぱいの顔が目に入りますし。
何より、ずっとこんな調子で話してるわけです。まわりからも、ちょっとだけ、視線を感じます。
「はあ……」
もういちどため息をついて、せんぱいが、ぱくっとパンケーキを食べました。
「……甘いな」
「ま、メープルシロップかかってますからね」
ほんとにそれだけなのかは、わかりませんけどね。
「じゃあ、白玉もください」
「もうこうなりゃ一緒か。ほれ」
ぷいっと視線を逸らしながら突き出されたスプーンの先の白玉をいただきます。
甘かったです。
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恥ずかしさで忘れかけていたけれど、結局、今日の後輩ちゃんの用事は何だったのか。
答えは、案外単純なものだった。
まはるん♪:せんぱーい
まはるん♪:
まはるん♪:「今度は我が家で会おう」
まはるん♪:よかったですね♪
あのファミレスのどこかに、彼女のお兄さんがいて、俺たちの様子を観察していた、ということだろう。
全然、気が付かなかったけど。
悔しいから、ちょっと仕返ししてやろ。
井口慶太 :ああ
井口慶太 :よかったよ
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