第93日「後輩ちゃんの、好きな教科って何?」

 # # #


 

 先週の月曜日は……まだ、授業やってたのか。

 テスト前の最後の追い込みをやって、テスト本番を頑張って受けて、週末は後輩ちゃんと出かけてってやってたから、遥か昔のように思える。


 授業をやっていたのが1週間前までだとしたら、そういえば、後輩ちゃんと登校するのも1週間ぶりということになる。わーお。

 1週間も一緒に登校しないの、二学期始まってからは初めての事態のはずだ。どことなく違和感というか、落ち着かない感があった。まあ、会ってはいるから、そこまでだけど。

 今日は体育以外はテスト返却のはずだ。点数を見て、採点ミスがないか確認して、自分が何を覚えていなかったか、どうすれば解けたのかを検討するくらいで、まあ新しく覚えたりすることはないから気が楽である。


「せんぱーい」


 そんなことを考えているうちに、今日も後輩ちゃんがやってきた。

 今日も寒い。彼女の首元にも、きっちりとマフラーが巻かれている。


「おはようございまーす♪」


「おはよう」


「ひさしぶりですね」


 何となく、後輩ちゃんの機嫌がいいように思える。


「昨日ぶり、の間違いだろ?」


 彼女が、ちっちっちっ、と人差し指を振った。かわいい。


「せんぱいといっしょに登校するのが、ですよ」


 俺と同じこと考えてるし、こいつ。まったく。


「ああ、そうだな」


「ひどーい。もうすこし、何かあってもよくないですか?」


「昨日だって一緒に電車乗ったし」


「むぅ……」


 実のないことを話しているうちに、電車がやってきた。


 * * *


 いつもの場所におちついたら、せんぱいがあくびをしました。


「いやー、テストも終わったし、気が楽だな」


「さっさと冬休みにしてほしいです」


「いや、テストは返してほしいだろ」


「えー」


「ん?」


 まあ、せんぱいはそういう人でしたね。


「いいじゃないですか、どうせ落第はしてないんだし、点数なんて」


 大学ではひとつひとつのテストの結果なんてかえってこないって、お兄ちゃんがいってました。

 高校もそうしてくれれば、もっと休みが長くなるのに。たくさん遊べるのに。


「点数自体はどうでもいいけど、自分が間違えたところとか気にならない?」


「逆にどちらかというと点数じたいの方が気になりますよ」


 せんぱいはむしろ、点数を気にしているんだと思ってましたけど。


「点数はさ、自分で解いた感じでだいたい分かるし、2、3点のズレとか誤差じゃん。でも自分が解けたつもりで解けなかった問題がどれかとか、解けなかった問題の解け方とかは気になるじゃん」


 うーん……


「好きな教科でってなら、わからなくもないですけど。ぜんぶでそれやるんですか?」


 せんぱいはちょっと視線をそらしてから、またわたしの方を向きました。


「全部でやるわ。それでな、今ちょっと思いついたんだけど、『今日の一問』していい?」


「はい」


 なんでしょうね。


「後輩ちゃんの、好きな教科って何?」


「プロフィールにのってそうな質問ですね」


 もっと前の、10日めとか、それくらいにはされていてもおかしくないような質問のように思いますが。

 なんの偶然か、今まで放置されていたみたいです。


「聞いてないよな、俺」


「言った覚えはありませんよ」


 体育の種目の話はしておいて、もっと大枠な話はしてなかったんですね。


「で、何が好きなの?」


「んー、ただ答えるだけってのも面白くないので、せんぱい当ててくださいよ」


「はい?」


 ふふ。ちょっとたのしいかも、これ。


「だから、当ててみてくださいよ。今学期ずっとわたしと話してたんですから、なんとなく当てられるんじゃないですか?」


「はあ……そもそも1年って教科何があったっけ」


「べつに高校じゃなくてもいいですよ? 今までわたしが好きと感じたやつでも」


「美術は?」


「テストがないので、ノーカンです」


 美術部だからってさすがに安直すぎませんか。まあ、たしかに、きらいじゃないというか、楽しいなと思いますけど。


 # # #


「んー……」


 質問したら、予測してみろと言われた。知らんよそんなの。

 美術って答えたらノーカンって返されたし。安牌の何がダメだってんだ。

 うーん。

 趣味は人間観察、ただし本はあんまり読まない。

 俺含め誰とでも仲良くなれて、よく笑って、いつも俺を振り回して、ちょっと意地悪な、そんな彼女の好きな教科を当ててみろなんて言われてもなあ……


 順当に行くなら国語とかなんだろうけど、本読まないのに国語好きってのもなあ……でも国語、確かにあんまり勉強しなくても、授業ある程度聞いてれば点数の取れる教科ではあるから、彼女からしたら「得意」の枠には入ってそうだ。

 逆に社会とか、暗記の反復が必要なのは嫌いそうだけど。でも歴史とかストーリー性あるし人と人とが関わるし、案外得意なのかも。

 理科は……感覚的な思考の比率が高い彼女からしたら、そこまでかもしれない。


「せんぱい?」


 ここまできて、「得意」と「好き」を混同していることに気付いた。

 俺は基本的にだいたいどの教科も高い水準の点数が取れているから、「得意」という概念が自分の中にはあまりなくて。まあ、好きな教科は努力量が少ないから、それは「得意」と言ってもいいのかもしれないけど。

 後輩ちゃんからしたら、この2つは明確に分かれていてもおかしくないはずだ。

 ふーむ。


「せ・ん・ぱ・い・?」


 肩を叩かれると、後輩ちゃんの顔が、眼前10cmに迫っていた。近い近い。


「まじめに考えすぎですよ? こんなかわいい後輩をほっとくなんて」


「はいはい、かわいいかわいい」


「そうじゃなくて」


 まあ、そこまで言うなら第一感を信じてみるか。


「国語とか?」


「漢字とか四字熟語の暗記はきらいですけどねー。読解はすきですよ。大正解です」


 彼女は、さらに付け加える。


「ところで、せんぱいにも『今日の一問』ですけど……」


 まあ、答えも予想はつきますけど、一応、と。


「せんぱいのすきな教科は、なんですか?」


 こんだけ読んでるんだから、そりゃまあ決まってるだろう。


「国語だよ」


「ですよね」


 * * *


「にしても、わたしのすきな教科、よくわかりましたね、せんぱい」


 電車からおりながらこんなことを聞くと、せんぱいはちょっと威張って、こんなことを言いました。

 

「何か月見てると思ってる」


 にしては、即答ではなかったですけどね。まあ、それはいいんですけど。


「3か月くらいでしょう? ヘタレせんぱい」


 期間的にはそんなに長くはないですけれど、たくさんおはなししてきましたもんね。

 なーんてことを言ったら、とんでもない返しがやってきました。


「見てただけなら、かれこれ9か月だろうが。この小悪魔後輩」


「なっ……」


 口をぱくぱくさせてしまったところ、見られてないといいんですが。

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