第92日「せんぱいって、飛行機乗ったことありますか?」

 # # #


 後輩ちゃんとの電話を切った後。

 なんとなくテンションが上がって、ずっとイカがシャケを撃ち殺すゲームをやっていた。テストが終わった以外の理由なんてない、と思う。知らんけど。

 夕飯を食べて風呂に入って、気が付いてみればそろそろ日付が変わろうとしていた。

 いくら久しぶりとはいえ、没頭しすぎたかもしれない。まあ、明日も休みではあるから、いいんだけどさ。あんまり生活リズムを崩しすぎるのも良くないし、いい加減寝ようと思う。


 寝支度が済んだ頃には、時計の針がてっぺんを回っていた。布団に潜り込んで、毛布もしっかりかけて、暖かいけどやっぱり足先が冷えるな、なんて思っていると、枕元の携帯電話が鳴り出した。

 いつも聞いてるのとはちょっと違うメロディだ。あの野郎……じゃなかった、乙女か。まあそれは置いとくにしても、あいつ、わざわざ電話かけてきたのか。


「おやすみ」


 画面をスライドして耳に当てると同時に、食い気味でこう言った。


「せんぱい、こんばん……って、ひどいひどい!」


「いやあ、俺もう寝ようとしてたし。おやすみ」


 実際、少しだけ眠気はある。というか、ゲームのやりすぎで目がしょぼしょぼしてる。

 だから、こう言って、俺は通話を切った。


 * * *


 日付がかわるまで待って、せんぱいに電話をしたんですけど。

 すぐに切られちゃいました。あはは……

 にぎったスマホから、ツー、ツーと無機質な音がもれてきます。


 そのまま、しばらくぼうっとしていたでしょうか。

 気付いたら、手元のスマホが鳴り出していました。ラインの電話の音です。画面には「せんぱい」の文字が。


「だいきらいです」


 へんなことをつぶやいてしまったのは、せんぱいのせいです。きっと。


「ん? 聞こえなかった」


「なんでもないです」


「お、おう……」


 どうやら、聞こえなかったみたいですけれど。


「で、どうしたんだ、こんな夜中に」


「その前に、いいですか?」


 場合によっては、「今日の一問」を使ってまで問いつめないといけません。


「どうして、いったん切ったんですか? せっかくわたしがかけたのに」


「え? ああ、いや」


 ちょっと驚いたような声がして、せんぱいが答えます。


「昨日も言ったけど、通話料かかるだろ、電話は」


 だからLINEにしたの、ということです。

 でも、せんぱい。 


「あの、わたし、カケホーダイなんですけど」


「えっ」


「だから別に、電話でも大丈夫ですよ?」


「聞いてないぞそれ」


「はい、言ってないですもん」


「エスパー要求しないでくれ……」


「なので、これからは思う存分電話できますね♪」


「そんなにしなくてよろしい」


「えー……」


 自分のほっぺがふくらんでいることに、ふと気がつきます。


「暇な時は取ってやるから勘弁してくれ」


「はいはい」


 # # #


「で、どうしたんだ、こんな夜中に」


 せっかくLINEの方でかけ直したのに、それが意味なかったらしい。もうね。


「いや、別にどうもしないんですけど」


「じゃあなんでかけたし」


 寝る直前、布団でごそごそしつつ、後輩ちゃんの声を聞くのはなんか新鮮である。


「うそです。どうもします」


「ほう」


「えっとですね。明日、遊びに行きませんか? あ、もう今日ですけど」


 初めの頃は無理やり俺を引っ張り回していたのに、これだけ仲良くなったら、逆に遠慮がちな誘い方をしてくるのがおかしくて、少し笑ってしまった。

 いや、柔らかくなったのは、俺の方なのかもしれない。3ヶ月前にこんな誘われ方をしても、きっと、ゲームするとか勉強するとか言って、家に籠もりっぱなしだっただろう。


「? どうしました?」


「いや、別に。行こうぜ。どこ行きたい?」


「とくに考えてないです」


「おい」


 そこは言い出しっぺが考えとくものじゃないのか。

 うーん。通り一遍、思いつくような遊びはしちゃった気がするんだけど。

 こういう時はランダム刺激に頼るのがいい。今日、すなわち12月17日が何の記念日か調べた。


「でも遊びに行きたい、と。ふーむ」


 後輩ちゃんからの返事はない間に、ブラウザがページを読み込む。ふむふむ。


「なあ、今日って飛行機の日らしいぞ。ライト兄弟が初めて飛んだから」


「それがどうかしました?」


 心なしか、彼女の声が震えている気がした。


「いやあ、なんかネタになるかなあって」


 飛行機……空港……うーん……


「あ、せんぱい。『今日の一問』いいですか?」


「どうした?」


「せんぱいって、飛行機乗ったことありますか?」


 久しぶりに、気張らない、イエスかノーかで答えられる質問だ。


「いいや、全然」


 遠出するにしても、新幹線で行ける範囲ぐらいだ。


「後輩ちゃんこそ、乗ったことあるの? 『今日の一問』」


「おにいちゃんに会いにいくときに、ちょっと」


 そういえば、兄さんが地方の大学だって言ってたっけ。

 少し眠そうに「おにいちゃん」なんて声を出されると、少しだけドキッとしてしまう。そんな気持ちを押し殺して、提案。


「飛行機なあ……空港行く?」


「はい? 今からチケット取るんですか?」


 何言ってんだこいつ、といった感じの声が、電話の向こうから聞こえてくる。


「いやわかってるわ。飛行機なんて乗ったら月曜日の学校間に合わないだろ」


「あ、そこですか?」


「あともちろん資金もないし」


「まあ、そうですね」


「なに、それとも俺と一緒にどっか旅行行きたいの?」


 意識していなかったけど、声が上ずってしまった。


「……行きたくないわけじゃないです」


 後輩ちゃんも恥ずかしそうにしているので、まあ、痛み分けということで。


 * * *


「空港……へー、格納庫見学ツアーなんてあるんだ」


 飛行機の話になってから、せんぱいは空港のことをずっと調べているみたいです。


「でも人気あるんだな……直前だとやっぱ厳しそうだけど一応見よう」


「見学ツアーですか?」


「整備中の飛行機を見に行けるんだって」


 なんか、男の人は好きそうですよね。


「お? は? なあ、あの」


 奇声が上がったかと思うと、パシャ、という音がして、そしてラインで画像が送られてきました。


「12月17日、日曜日、14:30~。2名だけ空いてるんだけど」


「これはもはや行くしか」


「だな」


 数分、ガサゴソする音が聞こえた後。


「ほんとに取れちゃったよ……じゃあ明日、羽田空港な」


「あの、せんぱい」


「ん?」


「せっかくなので、お昼もいっしょにたべましょう」


 # # #


 日が昇って、翌日。

 最寄りで集まって昼飯を食べた後、一緒に新整備場駅までやってきた。この一帯でメンテナンスしてるんだそうな。


 格納庫に降りる前に、まずは展示エリアに案内された。ちょっとした博物館というか資料館みたいな感じになっていて、歴代の客室乗務員の制服だったり、航空会社の機体の模型だったり、そういうものがずらーっと並んでいる。

 ここの目玉は、制服体験コーナーらしい。キャビンアテンダントとパイロットの制服が用意されていて、まあコスプレなんだけど、これを羽織って記念撮影ができるのだ。


「せんぱーい」


 よいしょ、と背中をマジックテープで止めながら、後輩ちゃんがこちらを振り向く。


「かわいいですか?」


 普段の学校の制服と似ているようでちょっと違う落ち着いた衣装に赤いスカーフが映えていて、ご丁寧にも髪をささっとまとめて、それっぽく上目遣いしてくる。ずるい。


「はいはい、かわいいかわいい」


「せんぱいも、かっこいいですよ」


 俺も、パイロットの制服着て制帽被っただけなんだけど。

 至近距離でそういうこと言われると照れちゃうからやめてくれ。


 * * *


 飛行機が飛ぶしくみとか、会社のなりたちとか、色々おはなしだったり展示だったりを見ましたけど。

 結局、せんぱいをからかうのがいちばん楽しかったです。


 展示室から出て、いよいよ格納庫に向かうそうです。ヘルメットがくばられて、二重のとびらをくぐると、とても天井の高い空間がありました。学校の体育館の床をコンクリートにして、何倍かにした感じです。


「広いなー、というか、でかいなー」


 隣のせんぱいの目が、キラキラしています。やっぱり男の子なんですねえ。

 格納庫には飛行機が何台か並んでいて、周りに足場ができていて、整備士さんたちが動き回っています。


「わー、すご。あれエンジン換えてるんじゃね?」


 なんかもう、せんぱいが満足そうなので、わたしも満足です。

 せんぱいって、本以外のものにも、こうやって興奮するんですね。


 格納庫の滑走路側のとびらは開いていて、夕焼けの空の中を飛行機が離陸したり着陸したりする様子が見えました。


「よろしければ、離陸する飛行機に合わせて記念撮影はいかがですか?」


 ちょうど夕焼けの時間ですし、映えますよ。と、係の方がおっしゃいます。


「せんぱい、撮りましょう?」


 ふたりで格納庫ギリギリに立って、預けたスマホのレンズに視線を向けます。


「あ、飛び立ちます! いきますよ、はい、チーズ!」


 撮れた写真を見たせんぱいが、「人生楽しそうだな、この二人」とこぼしたのが、ちょっとおもしろかったです。

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