第91日「せんぱい、わたしと、いま、電話したいですか?」
* * *
まはるん♪:せんぱーい
まはるん♪:おはようございます
まはるん♪:そして、きのうはありがとうございました。
朝起きて、せんぱいにラインを送ります。
既読がつきません。
まはるん♪:って、せんぱい?
まはるん♪:まだ寝てるんですか、もう
いま何時だと思ってるんでしょうね、あのひとは。まったく。
もう午後ですよ? 午後1時です。
まはるん♪:はやく起きないと
まはるん♪:「今日の一問」しちゃいますよ?
ま、せんぱいがおめざめになるまで、質問する気なんてないですけどね。
# # #
土曜日の朝。テストも学校もない朝。解放感で満ち溢れた朝。
……もう、昼かもしれないけど。腹の減り具合的に。
暖かい布団の中でぼんやりとまどろんでいると、意識の隅の方でスマホが鳴るのが聞こえた。
目覚ましをかけているわけではない。せっかくのなんもない休日、そんな無粋なものに起こされてたまるか。
ぼやーんとしているうちに、もう一度、スマホがぽろんと鳴った。
これは、あれだ。後輩ちゃんからの、LINEの音だ。
……まだ寝てちゃダメかな?
そんな俺の願いを嘲笑うように、スマホがまた鳴る。
昨日、だいぶ恥ずかしいことを言ってしまった自覚があるから、嫌なんだけど。見たくない。
どこからどう聞いても、LINE特有の、あの、メッセージが来た時の音である。何もないのにこんなペースでLINEを送り付けてくるような相手、後輩ちゃんしかいないじゃん。やだ。寝直したい。布団に引きこもりたい。
# # #
6度目か、7度目か。
それくらいで俺は寝直すことを諦めて、枕元のスマホを手に取った。昨晩は、後輩ちゃんを家まで送ったあと、帰ってきてすぐに寝ちゃったから、睡眠時間が十分すぎて目が冴えてしまったってのもある。
画面に浮かぶ時刻は、13時を回ったところだった。
そして通知欄には、やっぱり後輩ちゃんからのLINEが、たくさん浮かんでいる。
まはるん♪:していいですか?
最新のメッセージは、こんなのだった。何をするんだよ。
彼女からのチャットを遡っていると、追加でメッセージが届く。
まはるん♪:あ、せんぱいおそようございます
俺が起きたこと、なんでわかったの? ……あ、既読か。にしても把握するの早いよ。びっくりするだろ。
井口慶太 :うるせえ。試験終わった後くらい寝かせろ
まはるん♪:いっぱい寝たでしょう?
まあ、それはそうだけど。ここ数日の倍くらい寝た気はする。
まはるん♪:でですね
まはるん♪:「今日の一問」なのです
上の方を読んだらそんなことが書いてあったから、知ってる。
井口慶太 :おう
まはるん♪:いきますよ?
まはるん♪:せんぱい、わたしと、いま、電話したいですか?
後輩ちゃんの質問が予想外の方向だったから、ただでさえまだ寝ぼけている頭がフリーズしてしまった。
仰向けになっていじっていたスマホが、顔に落ちてくる。結構痛かった。
うーん。
「今日の一問」である以上、正直に答えないといけないんだけど。そもそも俺自身の気持ちがわからないことにはどうしようもない。
井口慶太 :したくなくはない、ってところか?
まはるん♪:へー。
まはるん♪:電話したいんですか?
まはるん♪:ほー。
電話……電話か。
井口慶太 :したいとは言ってないし
井口慶太 :したくないわけじゃないけど
まはるん♪:ふーん
* * *
きのう、せんぱいに送っていただいた後、ラインをさかのぼってみたんですけれど。せんぱいから通話をかけてくれたことって、ないんですよね。
いつも、わたしからでした。
だから、たまにはせんぱいからかけさせる……というか、かけてもらうってのも、やってほしくなっちゃいました。
井口慶太 :というか、電話で思い出したけど
わたしが懸命にせんぱいに電話をかけさせようとがんばったというのに、飛んできたのは着信ではなく、メッセージの続きでした。
井口慶太 :あーいや、これ「今日の一問」にするか
まはるん♪:はい、どうぞ
いったい、なにを聞かれるのでしょう。
井口慶太 :後輩ちゃんの電話番号って、何?
せんぱいの質問は、まるっきり予想外の内容でした。
まはるん♪:あら、ナンパですか?
井口慶太 :違うっつの……
ちょっと動揺しちゃいましたけれど、スマホ越しでよかったです。うまい感じに返せましたから。
まはるん♪:まあ、今日の一問ですから、答えますよ
まはるん♪:070-xxxx-xxxxです
井口慶太 :ほい、ありがとう
せんぱいがこう書いた次の瞬間、手に持ったスマホが暗転して、着信音が鳴り始めました。
「はい、もしもし」
「もしもし、後輩ちゃん?」
電車の中とも、ラインの電話越しともちょっと違うせんぱいの声が聞こえてきました。
「はい。にしてもなんでこっちで?」
ラインの電話でいいのに、なんでわざわざ料金がかかるこっちなんでしょう。
「お前がせがんだんだろうが」
「せがんでないです」
「じゃあ仕向けた」
「その誘いにのったのはだれですか?」
「俺です……じゃなくて」
ノイズが多いわけでも、途切れ途切れになっているわけでもないのですが。どうも、せんぱいの声がいつもと違って、きもちわるいです。
ラインの方に切り替えちゃいましょうか。あっちならただですし。きっとその方が、落ち着きます。
# # #
わざわざ電話番号を聞いた理由を説明しようとしていたら、その前にこんなことを言われてしまった。
「うーん。せんぱい、いったん切りますね」
電話が切れて、ぴー、ぴー、という間の抜けた音が虚しく響く。
はい? どうして切った? 親でも来たの?
首をひねっていると、すぐに、LINE通話の方の着信音が鳴り出した。後輩ちゃんからだ。
「失礼しました。こっちにしたかっただけです」
「まあ、いいけどさ。通話料かからないし」
「そうですよ。せっかく無料電話があるのになんでわざわざふつうの電話したんですか?」
「いやお前、これは『LINE無料通話』だからな。電話じゃなくて通話だからな」
正確を期すなら、「電話」でなくて「通話」と言いたい。
「実質いっしょでしょう。それはどうでもいいです」
ま、こういう人間が世の中多いわけだけど。
はい。
「えっと、何というか、俺らって連絡手段LINEだけなわけじゃん?」
「はい」
「要するにLINEが吹っ飛んだら終わりなわけじゃん?」
「ふっとぶなんてことあります?」
「仮の話だ仮。ともかく、なんか別の連絡手段も知っておきたかっただけだ」
「ふーん。わたしとのつながりを増やしたかった、ってことなんですね?」
一言で無理やりまとめると、まあ、そうなっちゃうな。
「けっきょく、ナンパじゃないですか」
ぐっ。
まあ、「不測の事態が起こっても離れたくない」みたいなことを言っちゃったわけだ。間違ってるわけじゃないから反論はできない。
でも、黙ってやられる筋合いもないわけで。俺は反撃を選んだ。反撃というか、いっそ自爆に近いけど。
「そっちこそ、まんざらでもないくせに」
「はい?」
「声、ちょっと弾んでるぞ。いつもより」
電話口の向こうの後輩ちゃんは、きっと顔を赤くしてしまっているのだろう。恥ずかしそうに、絞り出すように、こんな言葉が返ってきた。
「……そんなこと、ないですって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます