第53日「せんぱい、ペンはどんなの使ってるんですか?」

 # # #


「おはようございます」


「おっはー」


 今日も、冷たい風が身にしみる。

 後輩ちゃんは、チェック柄のマフラーを巻いていた。


「暖かそうだな、それ」


「あ、気づきました? これあったかいんですよー」


 手を首元に持っていって、ふふーんとアピールしてくる。

 一緒に髪の毛も揺れて、ふわふわとしているのがよく見えた。


 秋の空気を切り裂いて、電車がやってきた。

 いつものように、いつもの場所で、いつものように向かい合う。


「はわぁ……」


 中は暖房が少しだけきいていて、人もそれなりに乗っているから、暖かい。

 朝起きたばかりで、暖かい空気に晒されると、まるで布団の中に戻ったような感じがする。端的に言ってしまえば、眠くなるのだ。朝ごはん食べたばかりだから、胃の中も空ではないし。


「眠いんですか?」


「朝が眠くない日なんてないだろ」


「わたし、きのうは10時に寝たので。ぜんぜん眠くないです」


「そりゃうらやましいことで」


 昨日の夜は、何してたっけな。

 学校の復習して、Twitter見て、ウェブ小説見て……なんだかんだで、寝る頃には日付が変わってしまっていた。こんなことしてるからいけないのか。


「それじゃあ、せんぱい。『今日の一問』です」


「またあれか。あぶり出しシリーズか」


「はい。浮き彫りにしようキャンペーンです」


 最近、ちょっと、「深い」質問をしすぎではないかという話だった。

 俺は、踏み込まれること自体は気にしていないし、それは後輩ちゃんもそうだろう。ただ、何かが違う気がしている。

 それで、もともとはどうだったんだと考えてみたら、表面的な質問をいくつかして、その答えから本質みたいなもの、本当に聞きたかったものを拾い上げていたんじゃないかって結論になった。


 それで始まった(昨日から)、浮き彫りにしようキャンペーンの第2問は、こんな質問だった。


「せんぱい、ペンはどんなの使ってるんですか?」


「ペンパイナップル」


「アップルペン……じゃなくて」


 実際、Apple Pencilは、CMとか見てるとちょっと欲しくなってくるんだけどな。

 さすがに高校の授業にiPadは持ち込めない。あと、iPad Proじゃないと使えないから高いんだよな。


「パイナップルペンって商品化されてるのかね」


「めっちゃ重そうですよね」


「いい香りしそう」


「葉っぱがちくちくしそうです」


「確かに」


 話が逸れた。


「で、筆記具か。えーとね。あれ。クルトガだよクルトガ」


 三菱鉛筆の発売した、「芯が回ってトガり続ける」シャープペンシルである。

 字を書く時に、ペン先が紙に触れると、その筆圧でオレンジ色のギアが回転するような仕組みになっているのだ。要するに、1画ごとにシャー芯が回ってくれることになる。

 これに出会う前というか、鉛筆を使っていた頃は大変だった。なにせ、放っておくと字が自然と太くなっていくのだ。後から読みにくいったらありゃしない。それこそ3画ごとに、鉛筆を持ち替えて回転させていた。それが自動でできるというのだから、世の中の商品はすばらしい。


「あー、あれですか。わたし、あれだめなんですよね」


「グリップが硬いから?」


 そんなクルトガの、ウィークポイントとも言えるところのひとつが、グリップだ。

 経費削減なのか設計思想からなのかはわからないが、最も一般的なクルトガには、ラバーのグリップがついていない。ラバーのリングがついているが、持つところはでこぼこのついたプラスチックだ。これが嫌いな人が、結構いる。俺は嫌いじゃないんだけど。


「そっちより、ペン先がブレるのが、ちょっと」


「あー、それはどうしようもないか」


 クルトガは、芯が回る時に筆圧を使っている以上、どうしても、ペン先が少しだけブレてしまう。

 まあ、仕方ない。とはいえ、せっかくなので、愛用の相棒を取り出して見せてやることにした。

 青色のペンケースの中から、かれこれ……んーと、これは中1からだから4年半くらい使っている、水色のクルトガを抜き出す。しかし、俺ほんと青好きだな。


「これな」


「えっ?」


 俺の手の上のシャーペンを見て、後輩ちゃんがびっくりする。


「何色だったんですか、これ」


「見りゃわかるだろ」


「いや、わかんないですよ。はじめて見ました、こんな透明な・・・シャーペン」


 そう。俺(生徒会長になるくらいには優等生である)の手に4年間握られ続けた相棒は、表面の塗料が少しずつ剥げていき、軸の部分はもはやただの透明なプラスチックの筒になっていた。

 一応、手とこすれることが少ない、クリップのついたあたりには、水色の塗料が残っているのだけれど。


「まあ、これで日々ノートを頑張って取ってるわけだよ」


「いったい、いつから使ってるんですかこれ」


「4年半くらい」


「せんぱい2年生ですよね、中学のはじめからじゃないですか」


「そりゃ、な」


 愛着を持って使ってたら、それくらいにはなると思う。


 * * *


「それで、俺からも『今日の一問』。後輩ちゃんは、どんなシャーペン使ってるの?」


 わたしはわざわざ筆記具って言ったのに、せんぱい、最近読みが甘いですよ。


「シャーペンはほとんど使ってないです」


「えっ?」


 せんぱいが、ぱちぱちとまばたきをします。


「色ペンだけってこと? ああ、そうか、ノートは使わないのか」


 思い出したようですね。


「教科書ってシャーペンだと書き込みづらいんですよね」


「わかる」


「だから、ボールペンだけです。サラサとか使ってます。オレンジ、赤、青、ピンクあたりですね」


 シャーペンを持ち歩かないと、消しゴムも入れなくていいので、ペンケースがすっきりするんですよ。


「サラサってどこだっけ、会社」


「パイロットじゃないですか?」


 かばんの中から取り出して、確認します。


「ZEBRAでした」


「シマウマかよ」


「せんぱいなんてダイヤモンド3つじゃないですか」


「こっちのほうが強そうじゃね?」


「シマウマの方が大きいですよ」


「あー……」


 # # #


 確かに、教科書メインで書き込むなら、ボールペン運用になるなあ。俺も、教科書に印をつけるべく書き込む時は赤ペン使うし。


「なあ、ところでさ。おまけの質問してもいい?」


 ここまで聞いて、俺の中に、ちょっとした悪戯心が芽生えた。意地悪な質問、と言ってもいい。


「はあ、なんでしょう」


「後輩ちゃん、日記はなにで書いてるの?」


 まさか、色ペンで全文を書いてるわけもあるまい。手書きって言ってたし。

 俺のこんな質問を聞いて、後輩ちゃんは、ひとつ大きく息を吐いた。


「あのですね。せんぱい」


「うん」


「それは卑怯です」


 マフラーを引き上げ、口もとまでを覆い隠して(あざとい)、俯き加減で後輩ちゃんが返事をする。

 そんな姿が見れただけでも、こんな質問をした甲斐があるってもんだ。


「だいいち、それ、『深く』……はないですね。はい。とにかく、ずるいです」


「ごめんな、弱み握っちゃって」


「ほんとですよ。でも――」


 彼女は背伸びをして、揺れる電車の中で、俺に囁きかける。


「せんぱいがそんなにわたしのことに興味あるんでしたら、教えてあげてもいいですよ♪」


 だから、そういうお前の方がずるいんだよ。まったく。


「はいはい、興味あるよー。めっちゃ興味ある」


 だから、正面切っては言えずに、若干茶化すような物言いになってしまう。


「なんですかそれ。まあ、いいです。教えてあげましょう」


 おお。


「昔買ったシャーペンですよ。安いやつです」


 お、おう。


 * * *


「なあ、そんなにもったいぶるところだったかこれ?」


 やっと、顔の熱がおさまってきました。せんぱいは拍子抜けしてしまったようです。

 いや、でも。これが、『今日の一問』じゃなくて、ほんとうによかったです。

 だって――


 そのシャーペン、ハートマークのシールで、散々デコってあるんですから。

 こんな弱み、これ以上大きくするわけにはいきません。

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