第52日「せんぱいって、からあげにレモン、かける派ですか?」
# # #
「おはようございます」
「おはよう」
今日も、普段通りの一日が始まった。
「あの、せんぱい」
「なんだい、後輩ちゃん」
無理難題は押し付けないでくれよ?
「せんぱいがきのう、変なこと聞いてきたせいで、すっかり忘れちゃってたんですよ」
「変なこと?」
「なんで日数把握してるのって」
「ああ、日記書いてるからだったな。昨日のことも書いたのか?」
「ええ、書きましたよ!」
半ば開き直るようにした後輩ちゃんだったが、すぐに用件を思い出したようだ。
「って、そうじゃなくて。あれですよ、あれ」
「フェンシング?」
試合開始の合図が、「アレ」なのだ。確か。
「昨日、言いかけでした。『基本に立ち返りましょう』ってやつです」
スルーされた。まあ、どうでもいいつまらんネタだから、いいけどさ。
「あー、そういえば、なんか言ってたね。どういう意味なのあれ」
「さあ?」
「さあって」
「こう、明確にはわからないんですけれど」
「はあ」
「なんか、最近と、最初の頃では、わたしたちの『質問』、だいぶ変わってきてると思いませんか?」
んー。
言わんとすることは、わからなくもない。
「あー」
それを言葉にしようとすると、難しい。
言語化の網ですくい取ろうとしても、その隙間から水が抜けるようにぽたぽた垂れていってしまうような。
「わかります?」
「わかるような、気がする」
「なんでしょうね、この違和感まではいかないけど『違う』感じは」
「なんだろうね」
こういう時、どうすればいいのか。
昔読んだ本では、「例示は理解の試金石」と主人公が事あるごとに言い出して、例を挙げていたことを思い出す。
* * *
せんぱいにも、この感覚が伝わっているでしょうか。
「最初の頃の質問って、どんなんだっけ?」
なんとか、この感じを説明したい。ことばにしたい。
わたしはそう思っていますし、せんぱいもきっと気になっているでしょう。
「好きな食べ物とか、飲み物とか、血液型とかですよね」
「プロフィールカードみたいだな」
まあ、確かに。
それは、その通りです。だって、最初の方は、せんぱいのプロフィールを知ろうとして、色々聞いていたわけですから。
「それで、最近は?」
「昨日は、わたしに、日数がわかる理由を聞いてきたんですよね、せんぱいが。まさか日記のことを言う日がくるとは思ってませんでした」
「おとといも理由か。自転車に乗ろうとした理由」
「その前が、せんぱいに、本が好きな……理由を聞いてますね」
これくらいサンプルが揃えば、誰だって気が付きます。
「理由、ですか」
「Whatじゃなくて、Whyを聞いてるんだな」
「何が」とかではなく、「なぜ」を聞いているんですね。
「そうそう。最近、話がえぐれていくことが多いと思ってたんだ。だからか」
「えぐれる?」
いやまあ、なんとなくニュアンスはわかりますが。
「なんか話が妙に深くなって、自分のメンタルに被害を与える方向に突き進んでいく時、あるじゃん」
「ありますね」
「そういうのを意図して言った」
「なるほど」
# # #
でも、なあ。
話が深くなって、心の内がえぐられること自体は、別に悪くないと思うんだよな。
それでも、どこかもやっとしている。
「どうしました?」
考えていたら、当然、目の前の後輩ちゃんに、どうしたのと聞かれるわけで。
「これだと50点な気がする。『何』じゃなくて『なぜ』だから、話が深くなりすぎる、だと」
まあ、こう答えるしかないんだよな。
後輩ちゃんも、俺の言葉を聞いて押し黙ってしまう。右手を顎のところに持っていって、考えるポーズだ。
「俺、別に、話が深くなること自体はいいと思うんだよ。俺は、後輩ちゃんについて、知らないこと、未知のことを知ることができるならそれでいいわけだし、知識――そう言っちゃうとあれか。じゃあ、情報?――に、浅い深いも関係ないんじゃないかなって」
「あ、わかりました。わかっちゃいました、わたし」
30度くらい傾いていた後輩ちゃんの首が、俺の言葉をここまで聞いて、垂直に戻った。
「ほう。教えてくれ」
俺もまだ言葉にできてないんだよ。
「わかってるくせに」
「え、ほんとにわかってない」
「え? 嘘ですよね?」
「いやほんとだって」
彼女の顔がぐぐっと近づいて、俺の眼を覗き込んでくる。メガネ越しだけどね。
つーか、近い近いっておい。ふわっとしたいいにおいがした。
「ほんとみたいですね……じゃあ、わたしが説明してあげましょう。わたしたちが、どうしてもやっとしていたのか」
* * *
「最近の質問は、きっと、直接的すぎるんですよ」
「ダイレクトアタック?」
「英語にしなくていいですから」
「ごめん」
本題に入ります。
「前のわたし達は、レリーフだったんです」
レリーフ。浮き彫りです。
「何問かの質問で外側を埋めて、残ったところから、相手の情報を引き出す感じでしょうか」
「あー、わかる。プロファイリングみたいな?」
「そんなのだったかもしれません」
せんぱいも、納得したようです。
わたしのことばを引き継いで、続けてくれます。
「それに対して、今の俺たちはというと」
「めっちゃ直接彫ってますね」
「なるほどなー」
最初は、お互い、遠慮があったのでしょう。まあそりゃそうですよね。相手のこと、何も知らないわけですから。
だから、自然と『浅い』質問になっていたんでしょう。
それに比べて。最近のわたし達はだいぶ親しくなって、もはや近くなりすぎたのかもしれません。
ある程度突っ込んだことを直接聞けるような関係になって、べんりにはなったのでしょうけれど、慎重に外堀を埋めていくような、木の板にレリーフを彫っていくような、そういう楽しさは、なくなってしまったみたいです。
うれしいやら、かなしいやら、ですね。まさにこういうことを言うのでしょう。
「わざわざ『立ち返る』必要はあるのか、わからなくなってきました」
「言い出したのお前だろ」
「じゃあ今日は立ち返ります」
「今日はって……」
わたしから質問するのも、3日ぶりですね。昨日の晩ごはんのときに、思いついたものがあったんですよ。
「せんぱいって、からあげにレモン、かける派ですか?」
「かけないよ。なんであんな酸っぱいものを、わざわざ」
即答でした。まあ、どちらかというとかけなさそうな気がしましたが。
「後輩ちゃんこそ、かけるの? 『今日の一問』」
「かける一択ですよ。栄養にいいらしいですよ?」
「へー」
ところで。
こんなので、どんなプロフィールがわかるというのでしょう。今のわたしには、なんにもわかりません。
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