第31日「せんぱいの好きな色は、なんですか?」
# # #
今日も今日とて、雨である。雨だと、少し早めに家を出なくちゃいけないから面倒だ。まさか、自転車に乗って濡れてくるわけにもいかないし。
「せんぱい、前から思ってましたけど地味な傘ですねぇ」
「お前も似たようなもんだろが」
俺は真っ黒のやつ。ビニール傘は安っぽいから嫌いだ。
後輩ちゃんの傘はネイビーで、縁のところに白いラインが走っている。
「わたしはいいんですって。ちゃんと選んでますから。せんぱいはどうせ、特売で適当に買ってきたやつなんでしょう?」
「お前、どうしてそれを……」
正確に言うと、母親が買ってきた、だ。傘なんて安くて丈夫ならいいだろうが。
「わかりますよ。だってわたし、せんぱいの後輩ちゃんですもん」
「それもはやよくわからないぞ」
「わたしにもわかりません」
じゃあ適当言うなよ。
* * *
そういえば、これ、まだ聞いてなかったですよね。
「せんぱい。『今日の一問』です」
電車に乗って、中の暖かさをありがたく思いつつ、せんぱいに聞きます。
「せんぱいの好きな色は、なんですか?」
週末のデートに着てくる洋服とか、こないだ見たパジャマとかは、青とか紺とかグレーとか、寒色系の色が多いイメージですけれど。
「色? 色、かあ」
あら。意外と迷っているようです。
「んー、意識したことなかったわ」
「洋服とかどうやって決めてるんですか」
「無難な方向へひた走るだけ」
「無難の方向にも色々あると思うんですけど……」
「そうなの?」
確かに、せんぱいのファッションは、高校生としては普通な、無難な感じがします。
逆に言えば、可もなく不可もなく、といったところでしょうか。別に、男の人はそんなに冒険する必要もないと思いますけれど。
「そうですよ」
「わかんねえや」
「じゃあ、せんぱいの身の回りの品の色を教えてくださいよ」
「なるほど」
いっぱい集めて総合すれば、きっと、せんぱいの好みの色がわかるはずです。
「スマホ」
せんぱいがポケットに手を突っ込んで、中のスマートフォンを取り出します。
「黒だな。iPhoneの」
「スマホケース」
「黒と透明」
「ペンケース」
「青いな」
「シャーペン」
「水色」
「メガネ」
両手でメガネを取って、顔の前で一回転させています。メガネをかけていない状態のせんぱいを見るのは、はじめてかもしれません。
裸眼のせんぱいは、なんというか、あどけない感じがしました。
「黒と青か? これ」
「イヤホン」
また、ポケットに手を突っ込みます。
「オレンジだったわ。珍しい」
「せんぱい、暖色のグッズ持ってたんですね……」
「どんだけ心が寒い奴だと思われてたんだよ、俺は」
んー、ものだけ聞いてても、つまらないですね。
なんか、もっと、こう。心の奥底が出てきそうな感じで、色がくっついてくるものを……
そう、例えば。
「『ラブライブ!』の推し」
みたいな質問もしてみましょう。
「なんでいきなり……海未と果南です」
「どっちも青っぽいじゃないですか。髪の色」
「あっ」
「もしかして、『デレステ』では」
「クールキャラが好きです……」
あー、やっぱり。
「はい」
「はいってなんだよはいって」
「せんぱいが好きな色が決定した、って意味の『はい』ですよ。青ですね青。どう考えても青です」
「青かあ」
「せんぱいがまだまだ青二才なことを表しているんですよ。心理テストでした」
「これ、心理テストだったの? 初耳だったんだけど。てか後輩に青二才って言われたくない!」
「そうやって言っちゃうからまだまだ青いんですよ。大人の余裕が足りないんです」
「俺まだ未成年だし選挙権ないから」
「はい」
どうやって着地させましょう、これ。
「そうやってマジレスするからせんぱいは若いんです」
「お前の方が若いだろうが」
「はーい、キャッピキャピの15歳でーす☆」
# # #
これ、ツッコミ待ちなんだろうか。キャッピキャピって表現が古い、みたいな。
あえてスルーして、今度は俺のターンだ。
「そんなキャッピキャピの後輩ちゃんに『今日の一問』な。後輩ちゃんの、好きな色は何なの?」
「わたしはピンクです」
「I am a pink.」
「ピンクが名詞になってますよ」
「名詞なのはいいんだよ。元からだし。可算名詞としての意味とか、あるのかな」
思い立ったが吉日。気になったらGoogle。
ではなく、電子辞書を取り出して調べることにした。
「あ、あるわ」
四角で囲まれたCのマークは、可算名詞の証である。
「ナデシコの花、らしいぞ。ナデシコさん」
「わたし、大和撫子なので」
「こんなめちゃくちゃな大和撫子がいてたまるか」
話が逸れた。
「どうしてピンクなんだ?」
「わたし、真春なので」
「真春?」
「名前ですよ。春といえばピンク色じゃないですか」
「安直だなおい」
あはは、と笑った彼女が、いきなり真面目な顔になって、びっくりする。
「何かを好きになるって、最初はそれくらいのものじゃないですか?」
彼女の言葉が、普段以上に、耳から頭の中へ染み渡っていく。
そういうもん、なんだろうか。
わかるような気は、あまりしなかった。
「まあ、せんぱいも、きっとこれから、青が好きになりますよ」
「そういうもんか」
手に持ったままだった電子辞書のカバーも、よく見ると紺色だった。
俺、青系統好きすぎない? 海の化身だったりした?
「はい。ブルーな気持ちになれますよ」
「それダメじゃん……」
「それとも、わたしといっしょに、ピンクな気持ちになりますか?」
「もっとダメだから!」
電車の中には、少し抑えた、俺と後輩ちゃんの笑い声が響いていた。
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