第3日「正直に答えるのと、お前が望んでいそうなものを答えるのと、どっちがいい?」

 # # #


「せーんぱい!」


 三連休は、あっという間に終わってしまった。

 うん。あまり有意義とは言えなかった気がする。宿題はとりあえずざっと片付けたけど、それ以外は無心でシャケを撃ったり討ったり打ったりしていた記憶しかない。バイトたーのしー!


「ほら。せんぱい? 聞こえてるんでしょう?」


 いつもは「来るな」と言われる月曜日が、今週だけは「行くな」になって、代わりに火曜日が必死に拒絶される様子を眺めながら眠って、気付いたらもう朝だ。

 俺は寝付きがいい方だけれど、どこかで、年を取るにつれて、眠るのが下手になっていくという記事を読んだ。つまり、寝付きが悪くなったり夜に起きてしまうことが増えたりして、快眠ではなくなっていくのだとか。

 要するに、快適な睡眠を思う存分貪れるのは、若い今の時分だけ。そうやって自分に言い訳しつつ、俺は今朝、目覚ましが鳴り始めても布団から離れることができなかった。離れたくない、という気持ちが強すぎた。


「はやく後ろを向いてくださいよ。かわいい後輩が待ってますよ?」


 とはいえ、俺も社会を構成する人間のひとりである。デッドラインくらいは把握している。5回目のスヌーズに、さすがに気合を入れて起き上がり、さっと支度をしてコーヒーを胃に流し込んで、最寄り駅までやってきた。


 ひょっとしたら、三連休で後輩ちゃんが俺から興味を無くしているんじゃないかという、一抹の期待を抱きつつ。


「せんぱい!」


 まあ、そんな都合のいい期待は、早々に、そして粉々に打ち砕かれたわけだけど。

 仕方ない。振り返って、挨拶をする。


「ああ、おはよう」


 ずいぶん久しぶりに見る気がする後輩ちゃんの顔が、なぜかびっくりしているように見えた。


「……おはようございます?」


「なんで疑問形」


 俺が小声で突っ込むと同時に、ホームに電車が滑り込んできた。


 * * *


 三連休も、終わってしまいました。

 台風のせいで動けなかった日もありましたけれど、まあ総合的にみれば充実していたんじゃないでしょうか。


 わたしがここ数日追いかけ回しているせんぱいですが、今日はいつもと同じ時間に、眠そうに眼をこすりながら駅にやってきました。もうわたしから逃げるのはあきらめちゃったんでしょうか。

 ……たしかに、ちょっと追いかけ回しすぎてる自覚は無くはないですけれど。これくらいしないと、きっとあのせんぱいのことだから、いつの間にか接点薄れてしゅーりょーだと思うんですよ。


 まあ、いいです。


 そんなことより、ちょっと嬉しいことがありました。

 なんとですね。せんぱいが、わたしに、挨拶してくれたんです。朝の駅で。はじめてです。

 まさか、あのコミュ障なせんぱいが自分から挨拶してくるなんて思いもよらなかったので、ちょっとびっくりしちゃいましたけど。


「えへへー。どういう風の吹き回しですが、せんぱい? もしかしてわたしのこと好きになっちゃいました?」


「は?」


 今日もわたしはドアの脇、座席の端のところに寄りかかって立っています。せんぱいはというと、座席の端のところに飛び出た手すりを掴んでいますね。

 わたしがなにも言わずともこの位置に来てくれたのは、なにか心境の変化があったんでしょうか。


「いや、惚れてないぞ?」


 真顔で返されてしまいました。唇のあたりはキリッと引き締められているのに、目が少し泳いでいるので、こういう話題には慣れていないのでしょう。

 わたしは少しだけ微笑んで、続けます。


「じゃあどうしてまた」


「何が?」


「わたしが何もしなくても近くに来て、さっさと話せみたいな顔してこっち向いてくるじゃないですか」


 本も取り出さずに。ほんとうに、どうしちゃったんでしょう。


 わたしが尋ねると、せんぱいは、ひとつ大きなため息をついた。


「三連休に考えたんだよ、ゲームやりながら」


 ゲームやりながらって、雑すぎません? そもそも、どんなゲームやるんでしょうこの人。「聞くことリスト」に入れておきましょう。


「逃げ回ってもどうせ追いかけてきて、知恵を絞ったところで結局捕まる。ならもういっそ逃げ隠れするのはやめて、さっさと対応しちゃった方が双方にとって有益だな、と」


「なるほど。素晴らしいです。わたしとたくさん会話がしたいっってことですね!」


「いや違うっつの……」


 もちろん、あえて曲解しているフリをしています。


「そうと決まれば、じっくりねっとりお話しましょうせんぱい」


「だから……」


「では、今日の質問です。えーと、『せんぱいが最も高い頻度で使用しているコミュニケーション手段』で、せんぱい個人と確実に連絡が取れるようなアカウント情報のようなものを教えてください!」


 # # #


 後輩ちゃんは楽しそうに笑って、ガチガチに縛りのかかった質問(?)を投げかけてきた。

 まあ、ほぼ100%、彼女が欲しているのは俺のLINEのアカウントなんだろう。スマホの連絡手段といったらこれ、というレベルで普及してるもんな。直接「LINE」という単語を出さなかったのは、万が一俺がLINEに登録していなかった時に備えてってことだろう。

 俺もさすがに、クラスのグループとか生徒会のグループとか図書委員全体のグループとかがあるから、登録していないなんてことはないけどね。


 うーん。LINEなんて教えてしまったら、俺の最後の安息地である週末までもが削られてしまうかもしれない。

 こればっかりは徹底抗戦したいところだけど……どうせ無駄なんだろうな。

 とはいえ、無抵抗で渡すのも嫌だ。


 あ。そうか。

 よし。

 これなら、彼女から一本取れるかもしれない。


「なあ。先に質問していいか?」


 どうせ連絡先を渡すなら、彼女のアカウント情報を聞く必要はない。今日の質問の権利は、面白いように使わせてもらおう。


 * * *


 5秒くらい、せんぱいは黙っていたでしょうか。わたしの体感だともっとでしたけど、それはいいです。

 押し黙ったせんぱいは、あろうことか、わたしの質問に質問を返してもいいかと聞いてきたのです。たしかに、質問の順番とか、会話の順番とか、そういうところは詳しく詰めていないのでルール上は構わないんですけれど。


 わたしが許可すると、せんぱいの右頬だけが持ち上がりました。



「正直に答えるのと、お前が望んでいそうなものを答えるのと、どっちがいい?」



 は?


 わたしの望んでいるものとは、ずばりLINEのアカウント情報でしょう。わたしはそれを意図して質問しましたし、それはきっとせんぱいにも伝わっているはずです。

 でも、それと、せんぱいの正直な解答が異なる、と?

 どういう、ことでしょう。


「これ、見てくれ」


 せんぱいがわたしに見せてきたのは、スマートフォンの設定画面でした。

 画面の上の方には「バッテリー使用状況」と出ています。


 # # #


 おー、混乱してる混乱してる。

 ようやく本格的にこの後輩を出し抜いてやれて、なんだか気分がいい。


「この画面、過去7日間でどれくらいの時間そのアプリを使ったかが見れるんだけどさ」


 手のひらの上の画面に燦然と輝く文字は、俺のLINEの使用時間が、Twitterのそれの10分の1であることを証明していた。


「俺、LINEあんまり使ってないんだよね」


 そう。スマホ・・・では、そんなに長時間LINEは使わないのだ。少なくとも、俺は。

 ずっと立ち上げておくほど火急な会話をするわけでもなく(よっぽど緊急なら通話するし、そうじゃないならパソコンを使う。フリック入力は面倒だ)、散発的に返すだけなら、スマホのアプリの起動時間はそんなに伸びない。

 それに対して、Twitterはタイムラインをぼーっと眺めることが多いSNSだ。起動時間なら、LINEに負ける道理がない。


 家のパソコンでの使用頻度とかがわからないから、正確には詳細は藪の中なんだけれど、今はこの女を出し抜ければそれでいい。


「さあ、どっちにする?」


 * * *


 さすがに、予想外でした。

 ゲームなどを除いたら、LINEが起動時間1位になっていない高校生がいるとは……世の中は広いものです。

 いや、狭いのかな? そんな特殊な学生が、わたしと同じ最寄駅なわけですし。


「せんぱいは、わたしがどちらを選んでも正直に教えてくれますか?」


「ん? ああ。ちゃんと教えるぞ、そこは」


 あら。意外と優しい。


「じゃあLINEで」


「雑だなおい。ほら」


 わたしが返事をすると同時に、QRコードをこちらに向けてきました。なんかまだ操作してるなーと思ったら、その準備してたんですね……


「せんぱい、画面明るくしてください。読み取れないです」


「ん? あー、マジか。すまん」


 用意周到なように見えて、まだまだ気配りが足りないようです、このせんぱい。

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