第????日「いいニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」
『わたしの知らない、先輩の100コのこと』、MF文庫Jより書籍化します!
8月25日頃発売です。詳しくはあとがき/近況ノートにて!!
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
パソコンに向かって作業をしていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
集中が途切れてしまったので、コーヒーをすすりつつ通知を見る。
メールだった。
見覚えのないアドレス、はじめて見る差出人。妙にかしこまった件名がついている。ビジネスメールのお手本みたいだ。
なんだこれ。
もう一口だけコーヒーをすすって、画面をタップ。メールを開いた。
次の瞬間、本文の文字列が目に入り――
俺は、密かに抱えていた自分の夢が、
# # #
「好きな人」ってのがどういう人なのか、まあ色々考えはあるだろうけど。
とりあえず、「嬉しいことがあったらすぐにでも伝えたくなるような人」ってのは、多くの人に同意していただけると思う。
リビングに出ていくと、真春はふんふーんとハミングしながらソファに腹ばいになってスマホをいじっていた。ひとまず足の側に腰を下ろして、太もものあたりに手を伸ばす。
もみもみ。
「……けいた?」
「なんです」
「なんですかその手は」
「そこに足があったので」
「……はあ」
溜め息交じりに手のひらを蹴られ、彼女は体を起こす。
……かと思ったら、そのまま俺の方に倒れ込んできやがった。結局、頭と足の位置が入れ替わって、俺が真春に膝枕をする格好になる。
「なでるならこっちにしてください」
俺の腿に頭をぐりぐりと擦り付けて甘えてくる。
「むー」
「よしよし」
まったく、かわいいなあ。
「……じゃなくて!」
「むー?」
彼女のふたつの眼が、俺をまっすぐ見上げる。
やっぱり、きれいな眼してるよなあ。
高校2年生の9月のあの日、俺がこの琥珀色の眼に見つめられた時から、ふたりの物語が始まったのだった。
「なあ、
俺がこう呼びかけると、彼女は目を丸くした。
心の中だけじゃなく、話す時にも下の名前で呼ぶようになったのは、いつからだったか。もうそっちの方に馴染んでしまって、「後輩ちゃん」なんて呼び方にだいぶ違和感を覚えてしまう。
「あら、珍しいですね。
で。わざわざ昔の呼び方に戻したのだから、話すのも昔みたいな内容である。
そう。
「『今日の一問』だ」
「どうしたんですか、いきなり」
「いや、ちょっとニュースが飛んできて」
「ニュース、ですか」
「そう。いいニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」
人生で一度は言ってみたかったセリフを自然な流れで言えて満足である。
「なんでアメリカンジョークっぽいんですか」
「いいじゃん別に」
「なに企んでるのかなあ……じゃあ、悪い方からで」
* * *
久しぶりに「
さっきから笑みが抑えきれてない感じありますし、「いいニュース」の方がメインな気がしたので、あえて悪い方から聞いてみることにします。
「貸してもらってる日記あるじゃん」
「はい」
わたしが高校1年生の頃。せんぱいとおはなしするようになってすぐ。
あの頃の日記をじっくり読ませてほしいと言われて、渋ったあげく貸し出してしまってから、もう1年くらい経つでしょうか。
なんですかね。なくしちゃった、とかですかね。
だったら別に、今もけいたさんと一緒ですし、それくらいいいですけど。
……何より、あんなの恥ずかしいですし。
「あの内容をベースに小説書いたんだ」
「……は?」
言われた内容がちょっと想像を超えていて、何も言い返せませんでした。
えーと。小説、ですって? そもそもせんぱい小説書けたんですね? というか書こうとして書けるものなんですか? 何文字くらい書いたんででしょう?
「えっと、それだけじゃなくて」
何か聞き返さなきゃと思っているうちに、続いて凶報が飛び込んできます。
「ネットに公開しちゃった」
「………………はい?」
え。
なんですか。
わたしとせんぱいのなれそめから、その、結ばれるまでが赤裸々に全世界に公開されちゃってるんですか。
え。
やばいです。
「落ち着け」
「落ち着いてられますか! 何公開してるんですか!」
膝枕状態からなんとか脱出しようと暴れてみるのですが、さすがに体勢が悪すぎて全然抜け出せません。恥ずかしいのと動こうとしたので、もう顔全体が熱いです。真っ赤になっちゃってますね、あはは……
「まあ、そこに関してはごめん」
「可及的速やかに読ませてください、検閲しますから」
「検閲されちゃうのか……」
当然ですよ。まったく。
「でも、そしたら、いいニュースってのはなんです?」
押さえ込む手が緩んだ隙にするっと体を起こしたわたしは、ソファに座るせんぱいの足の上に、せんぱいと向かい合うように馬乗りになりました。問い詰めなきゃですからね。
「近い近い」
「今更緊張することでもないでしょうに」
こうやって顔を近づけちゃうと真っ赤になっちゃうのは、相変わらずですよねえ。ふふふ。
「真春だって真っ赤になってるくせに」
「うるさいです」
「はいはい」
「わたしのことはどうでもいいので早く答えてください」
「あ、そうだそうだ。えっとな、聞いて驚け――」
せんぱいの顔が自信たっぷりの笑みを作るのを見て、ちょっといたずらしたくなっちゃいました。
「――わあびっくり」
「……せめてびっくりしてから言ってくれ」
「てへぺろ」
「てへぺろじゃないよ」
# # #
……ペース握ったと思ったんだけどなあ。相変わらず、退屈しない。
「でね、いいニュースなんだけど。そのネットに載せてた小説が、本になりそう」
「……え? すごいじゃないですか!」
今にも拍手しだしそうな勢いで褒めてくれて、うれしい。
「あ、でも自費出版とかってオチじゃないですよね」
「違うわい」
本はあんまり読まないくせに妙なことを知ってるんだから、真春ったらまったく。
「ちゃんとした出版社からのメールだよ。KADOKAWAさん」
「かどかわさん」
「MF文庫Jだって」
俺からしたら思い入れのあるレーベルなんだけど、覚えてるだろうか。
「あ、それ聞き覚えあります。確か……えっと、運動会の時に言ってませんでした?」
「それそれ」
「すごくないですかわたし」
「はいはいすごいすごい」
「むぅ……まあでも、けいたの方がすごいですよ。本になるなんて」
そう言われると、やっと、嬉しさが湧いてくる。
そうか。本になるのか。
書店に並ぶんだな、俺の小説。……半分ノンフィクションかもだけど。
じんわりと嬉しさを噛み締めていると、真春は俺の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でてくれる。
「ということで……じっくり読ませてくださいね?」
「あっ」
撫でる優しい手つきの中に、ほんのり「なんでだまってたんですか」という意思が入り交じっている気がする。
……恥ずかしかったんだよ。仕方ないだろ。
「せっかくですし、一緒に、隣で読みましょうか……
……30万文字を当事者に隣で読まれるだなんて、俺の心は羞恥心に耐えられるだろうか。
今夜は長くなりそうだ。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
というわけで、書籍化記念短編でした。
「第????日」となっている通り、本編と直接のつながりはない世界です。と言い添えておきます。
改めまして。
書籍版『わたしの知らない、先輩の100コのこと』第1巻はMF文庫Jから8月25日頃発売です!
応援してくださった読者の皆さんのおかげで、ここまでたどり着くことができました。
本当にありがとうございます。
書籍版でもせんぱいと後輩ちゃんのことをどうかよろしくお願いします!
わたしの知らない、先輩の100コのこと 兎谷あおい @kaidako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます