第38日「せんぱいの好きな料理は、なんですか?」
# # #
「せんぱい! わたし、すっかり忘れてました!」
朝のホームで顔を合わせるやいなや、後輩ちゃんが詰め寄ってきた。
昨日は俺が味噌汁を飲んですぐに帰ってしまって、まともな話はできなかったからなあ。何のために来たんだよ、あれ。
「結局、せんぱいからのお願い、聞いてませんでした」
「だって、昨日は学校休みだったし。押しかけてきたのはお前だし」
「会ったんだから言ってくれたってよかったじゃないですか!」
お互い、頭がみそすーぷになってたから、仕方ないんじゃないかな。
「罰として、権利を没収します。わたしがせんぱいにお願いする、ということで」
何その理不尽。
「嫌だ。それは違うだろ」
ぽろっと口から出た言葉が存外強い語調で、自分でもびっくりしてしまう。
目の前の彼女も、俺からの反発にびっくりした顔をしている。
「あ、なんかごめん。でもせっかく考えておいたのにって思って……」
まずは謝る。
大した願い事ではないけれど、これでも多少は考えたのだ。いきなりすっぽ抜かされてしまうと、ちょっとはもにょっとする。
「……わかりましたよ」
後輩ちゃんが息をつく。
「そこまで言うんでしたら、どうぞ。願いを言うがいいです」
なぜか後半は芝居っぽくなっていて、空気がちょっと緩んだ。
……自分で言いかけておいて、改めて言うのが恥ずかしくなってきた。
「せんぱい?」
「いや、あの、な」
「はやくしてください」
「はい」
すー、と一度深呼吸をした。
「俺の――」
* * *
せんぱいからの、「お願い」です。
どんなことを、わたしに頼んでくるのでしょう。
そんな生々しいことではないでしょうし、つまらないお願いでもないでしょう。考えたって言ってましたし。まさかわたしへの告白なんて、そんなことは、ないと思いますけれど。もし告白されちゃったら、どう答えましょう。なんて答えましょう。
「――誕生日、そろそろじゃん」
「はい?」
予想していなかった方向に話が進んで、相槌の声が裏返りました。
「祝ってくれ。盛大に」
「それだけですか?」
あまりに予想外なもので、ついつい聞き返してしまった。
「あ、盛大にっつっても、参加者は俺と後輩ちゃんだけでいいから。その範囲で、まあ、」
「そういうことを聞いてるんじゃないです」
せんぱいの話に、割り込みました。
「それくらいなら、わたし、せんぱいに頼まれずともやる気だったんですけれど、なんでそんな『お願い』を?」
誕生日の話をしたのは、だいぶ前です。誕生星座とかの話をしました。
それくらいから、どうやって祝おうかは一応考えていたのですけれど。
「いやー、俺さ。一人っ子だし、交友関係も狭いから、あんまりガチの誕生パーティーみたいなの受けたことないんだよね。みんな上っ面だけおめでとーって言ってくるだけ、みたいなのはあったけど」
「なかなかですね」
「その点、後輩ちゃんなら、いろいろな面で安心できるし」
「どういう信頼なんですかそれ……」
誕生パーティー、まで言っちゃうと、大半は上っ面だけかと思いますけれど。
「そもそも、他人の誕生日って、どうして祝うんでしょうね」
「そこから? 確かに、考えたことなかったけど」
上っ面とかいうから、こんなことを思ってしまいました。
「あれですか。俺が生まれて、お前も生まれて、この世で出会うことができたこの出会いに乾杯みたいなノリですか」
「違うだろ。理由つけて騒ぎたいだけだろ。リア充どもめ」
「それ言っちゃおしまいですよ、せんぱい」
「まあ、ふたりなら騒いだところでたかが知れてるし。明後日? その次か。学校休みだし、楽しみにしてるわ」
え?
「学校、休みなんですか? 金曜日。なんで?」
「あれ、言ってなかったっけ。木曜に運動会やったら、その振替だから疲れ休みだかで休校だぞ」
「じゃあ、丸一日使えるってことですね?」
「いや別に丸一日は使わなくてもいいけどさ、確かに使えはする」
「わかりました」
# # #
「お願い」をした。
めっちゃ腕まくりをしているところをみるに、ちょっと張り切らせすぎてる気がしなくもないけれど、まあいいや。
「そうと決まれば、せんぱいに『今日の一問』です」
おや。何を聞かれるんだろう。
「せんぱいの好きな料理は、なんですか?」
「それ、前答えなかったっけ」
「ずいぶん前に『食べ物』って聞いて、いちごって答えだった気がします」
ああ。まだピリピリというか、警戒心MAXだった頃か。
後輩ちゃんはパンケーキって言ってたっけ。料理じゃねえか。
「料理かあ……」
「誕生日の日に食べたいもの、と置き換えてくれてもいいです」
「なるほど……」
頭の中を、今までの人生で食べてきた料理たちが巡る。
ぜんぜん決まらない。
「和食か、洋食かで言えば」
「中華って選択肢はないの」
「海の向こうだから洋食ですよ」
「洋食の洋って、西洋の洋でしょ?」
「西の海洋のむこうだったら中国だってそうですよ」
ぐぬぬぬ。
「じゃなくて。中華ですか? 作れなくはないですけど」
「え? 作ってくれんの?」
「何をねぼけたことを。って、せんぱいに味噌汁食べさせた時も、ねぼけてましたっけ」
心配しなくても、腕によりをかけて作りますよ、そう言って彼女はウインクを決めた。
「一つ聞こう。酢豚にパイナップルは」
「入れないですよ。めんどくさいので」
「おう、よかった」
パイナップルから出る酵素で肉が柔らかくなるとかなんとか言うけど、ぜったいそれより風味が変わるデメリットの方がでかいっていうの。なんであんな果物を酢豚に入れるんだ。おかしいだろ。
「にしても、中華好きなんですか?」
「脂マシマシな感じがな。これでも年頃の男の子なので」
「自分で言いますかそれ……」
* * *
中華ですかー。何を作ったことありましたっけ。
ケーキはこの際、買ってきちゃえばいいでしょう。
「で。『今日の一問』。後輩ちゃんは、何が好きなの? スイーツとかじゃない普通の食べ物だったら」
あら。せんぱい。わたしの答え、ちゃんと覚えてたんですね。
「和食洋食中華だったら、和食だと思います」
「洋食かと思った」
「洋食も好きですけど、和食のだしの優しい感じの方が好きです」
「あー、それもわからなくもない」
そんなこんなで、今日もぐでぐでと話しつつ、わたし達は学校へと向かうのでした。
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