第39日「せんぱいって、料理できるんですか?」
# # #
「おはようございます」
「おはよう」
朝のホームで、朝の挨拶を交わす生活にも、すっかり慣れてきた。慣れてきてしまった。
「明日運動会ですよね。準備とかないんですか」
「俺は開会の時に5秒のスピーチをするだけだ」
「それ、スピーチじゃなくてただのかけ声なんじゃ……」
あながち間違ってないから困る。あんなのただの儀式だよ儀式。
「主催、生徒会ですよね? トップが仕事しなくていいんですか?」
「生徒会長ってのはお飾りのトップなんだよ。会長だけに。下に社長とか課長とか部長が」
「いるんですか?」
「いないけど役員がやってくれます」
なんでこんな組織形態なんだろうね。わかんない。
「はあ……」
呆れられてしまった。
「せんぱい、明日は結局なにに出るんでしたっけ」
「借り物競争だよ……」
ああ……思い出さないようにしてたのに……
誰だよ、「主催の生徒会のトップは責任取って借り物するべき」とか言い出したやつは。それにノッた周りのやつらもいけない。普段は協調性ないくせに、こういう時ばかり陰キャラを持ち上げてほぼ全会一致で可決しやがって。
うちの運動会の借り物競争は、全種目のうち最後に行われる。大トリである。全校生徒から投稿された「借り物」の案から、生徒会役員が公序良俗に反するものと現実的に不可能なものを除いて、抽選を行うことになる。
つまり――なんでもあり、なのだ。カオスなのだ。可能ならば、巻き込まれたくない。俺はグラウンドの片隅で、綱引きに挑む20人くらいにまぎれていたかった。嗚呼。
「そんな嫌ですか? ものを借りてきて走るだけでしょう?」
「せいぜい、くじ運を磨いておくんだな……」
俺は、運を消費してはいけないと、コンビニでたまにふらっとやっている一番くじを我慢した。それくらいの気合で行かなければ、押し潰されてしまう。
「というか、あれ、全クラスの代表が同時スタートだったな」
「1年も2年も3年も、ですか?」
「うん。全員が一斉にくじを引きにいく」
「うわあ……」
実況も大変だよ。一瞬で、一番面白そうなお題をピックアップして叫ばなきゃならんのだから。放送係はがんばってくれ。
「でも、せんぱいと一緒にスタートできるんですね」
「だからなんだよ」
「せんぱいと競走できるんですよ」
「だから?」
「だから、あれしましょうあれ。勝った方が負けた方になんでも命令できるのの、パート2です」
「また?」
「いいじゃないですか」
互いに、一日一問の質問はあれど、お願いというか、頼みに関しては規定はないからな。
というか、ここまでの根回しをするほどの「お願い」って、どんなことを頼まれちゃうんですかね。こわいわ。
「あんまりよくないけど、どうせ拒否権はないんだろ?」
「よくわかってるじゃないですか。じゃあ、決まりですね」
あれは、正直、最初のくじが全てだ。あれで引き当てるお題ひとつで、順位が決まると言ってもよい。明日まで、徳をたくさん積んで、少しでもやりやすいお題を持ってくるしかない。
がんばろう。
* * *
お願い権を紛れ込ませることに成功しました。今度こそ、わたしが勝てるといいのですが。
「ところで、『今日の一問』です」
昨日のおはなしで、気になったことがありました。
「せんぱいって、料理できるんですか?」
「うーん」
せんぱいは顎に手を当てて、3秒くらい考えこんでしまいます。
「できるかできないかでいったらできるのかもしれないけれど、『料理ができるか』と聞かれたらできない」
「はあ……」
なんとなくはわかったのですけれど、よくわかりません。
ひとつひとつ、きいてみましょうか。
「カップラーメンは?」
「あんなのお湯入れるだけじゃないか」
「ごはんは炊けますか?」
「洗って水入れてボタン押すだけじゃん」
最低ラインはできるようですね。とりあえず合格です。
「得意料理はなんですか?」
「得意ってほど料理しないし、レパートリーもねえよ。最低限だ最低限」
聞き方を変えましょう。
「例えば、何が作れますか? 作ったことありますか?」
「目玉焼きとか、チャーハンとかか?」
「たまご、割れるんですね」
「バカにすんな、それくらいできるわ」
ちょっと、挑発してしまいました。
「ちなみにわたしは片手で割れます」
せんぱいの顔がぐぬぬとなって、でも何も言えないようで、おもしろかったです。
# # #
「目玉焼きなあ」
俺が作れる料理の話になって、目玉焼き何かける論争を思い出した。
「『今日の一問』。後輩ちゃんは、目玉焼きに何かける?」
「しょうゆですね」
「は?」
意見が、割れた。
「塩だろ塩。目玉焼きには塩だ」
「いーや、しょうゆです」
やんのかコラ。
「第一、目玉焼きってたぶん西洋から入ってきた料理だろ? サニーサイドアップだのターンオーバーだの言ってるし。そしたらやっぱり調味料もアジアにしかないようなソイソース(笑)じゃなくて古くから使われてきた塩とかこしょうとかを使うのが筋ってものだろ」
「いいえ、それは違いますね。そもそも日本は、海外から取り入れた料理を自分たちの環境に合わせてアレンジし、ひとつの新たな料理として昇華してきた国です。ラーメンがその代表ですし、肉じゃがだってビーフシチューをアレンジしたものとされています」
「そうなんだ……」
「そうです。だから、目玉焼きにしょうゆをかけるのは、日本的アレンジとしてごく普通の第一歩です。むしろ、日本人として本当にしょうゆを愛しているのならば、目玉焼きにかけるのはしょうゆ以外ありえません。ソースとか、もってのほかです」
「いや俺は塩派だから……」
「しょうゆです」
「しお」
「しょうゆ」
「
「チョコレート」
「豆腐」
「フルーツパフェ」
「フェ……ふぇ……ふえぇ……」
すぐには何も思いつかなくて、ドジっ子みたいな声を出してごまかす。男の低い声だとぜんぜんかわいくないね。
「なんでしりとりになったんですか、いきなり」
「甘いの相変わらず好きだな」
「は?」
「チョコだのパフェだの」
「あっ」
彼女は、無意識でした、と言って、下を向いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます