第33日「せんぱいのホームルームって、どこですか?」

 # # #


「せんぱい、わたしぜんぜん知らなかったんですけど」


 朝の駅。いつもの場所で出会うやいなや、こんなことを言われた。


「来週に運動会やるなんて、初耳ですよ」


 ああ。その話か。うちの運動会、影薄いから仕方ないな。というか、高校まで来ると、もはや運動会って面倒なものなんじゃないのか。

 一応、生徒会が主催ということになっているので、俺もしゃべらないといけないらしい。


「日程表見なかったのか?」


 学期の最初に配られるやつ。


「見ましたよ! 見ましたけど、あんなにさらっと書いてあるとは思いませんでした」


「お前が悪いじゃん」


 というか、予定表ってそういうものでしょ。


「もうちょっとほら、星で囲ったりがんばるぞーみたいな力こぶつけたりあるじゃないですか」


「ねーよ」


 そんな原稿がもし上がってきたら、速攻で赤を入れる自信がある。


「そうですかね。まあいいです。出る種目とか、まだ決まってないんですけどだいじょうぶなんですか運営は」


「今日のホームルームで決めるはず、だったような」


「なんで自信ないんですか。生徒会のトップですよねせんぱい」


「だから俺は実務しないんだって」


 意識の高い生徒会メンバーがなんやかんやしてくれるんだよ。


「おすすめの種目ありますか?」


「お前は自分の希望通りそうだな」


「せんぱいは通らないんですか?」


「楽そうなのを選ぶのに必死だよ」


「……なんか、せんぱいらしいですね。楽しみじゃないんですか?」


「ずっと太陽の下に放置される方が辛いからな」


 あ、でも、ひょっとして今年は生徒会長だからテントの中にいられる……?


「笑えるのなんて、最後らへんのネタ枠の種目くらいだ。借り物とか」


 そんなやる気のない運動会だけれど、借り物競走だけは・・・力が入っている。

 お題は決める抽選箱には、全校生徒から、1人1つの「お題」を募集して、放り込まれることになっているらしい。1学年10クラスが3学年、合わせて30クラスの人間が頭をひねったお題たちだ。それはそれはカオスな世界が広がることになる。一応、倫理的にそれまずいでしょ、とか不可能でしょ、みたいなものは生徒会の手によって省かれるらしい。

 ……らしいってなんだ。俺も生徒会だよ。


「じゃあわたし、その借り物競争に出ます」


 後輩ちゃんが、いたずらっぽく笑う。

 マジで?


「変なお題引いたら、せんぱいのせいにしますから」


「嫌だよ……」


「責任、とってくださいね?」


 せいぜい、後輩ちゃんがまともなお題を引くことを祈っておこう。去年の感じだと、半分くらいはまともだったから。残りの半分は、お題ボックスがパンドラの箱に見えるレベルだったけれど。


 とはいえ。悪いことばかりではない。電車が学校の近くに着くまで、残り半分。

 このまま運動会の話題を続けて、「せんぱいはどの種目に出るつもりですか?」みたいなことを聞かせれば、今日も俺のクラスがバレないで済む。


 * * *


 全校生徒からお題を募集する、借り物競走。おもしろそうですね。


 と。せんぱいが窓の外をちらりと見て、軽い溜息をつきました。ちょうど電車は、駅に停まっています。

 これは、あれですね。

 この調子なら、わたしが昨日のことを忘れてそうだ、みたいな。そんなことを、思っているんでしょう。


「というか、種目って今日のホームルームで決めるんですね。もうちょっと早くてもいいのに」


 わたしたちの高校は、週に一度、木曜日に長いホームルームをやります。そこでいろいろな連絡を聞くわけです。

 なにも、一週間前にあわてて決めなくても、もっと前に決めればいいと思います。


「直前にしないとしないで忘れるんじゃね」


 どういうことでしょうか?


「あー、つまり、あんまり前に決めるとだな、自分がどの種目に出るかわからない人が発生するらしいんだよ」


「アホですね」


「アホだよ」


 その程度の行事なんですね、高校の運動会って。

 さて。伏線は終わりました。回収のお時間です。


「それじゃあ、『今日の一問』です。せんぱいのホームルームは、どこですか?」


「俺のホームのルームは2階にあるぞ」


「ごまかさないでください」


 自分ののどから出た声が、とてもつめたくて、びっくりしました。


「せんぱいのクラス、何組ですか」


「G組です……」


「グレートです」


「回復薬じゃないんだから」


 せんぱいが、諦めと呆れの両方を抱え込んだ顔をしていました。


 # # #


 乗り切ったと思ったんだけどなあ。

 今後は、俺の昼休みや放課後まで侵食される可能性があるということになってしまった。どうせろくなことはしてないからいいんだけど、周りに変な目で見られるのだけは嫌だ。俺は小心者なんだ。


 まあ、でも。

 登校中にこれだけ話しておいて、学校ではお互いのクラスも知らない、ってのもなんとなく不自然な感じはしていたし、悪くはないというか、なるべくしてこうなったという感じが強い。

 一応、俺からも。


「じゃあ、俺も『今日の一問』」


 後輩ちゃんが、こちらをしっかりと見る。

 ここで梯子を外せたら、面白いんだけどなあ。そんな、手頃な質問が思い浮かぶわけもなかった。


「後輩ちゃんこそ、クラスはどこ?」


「わたしはA組ですよ。クラスAなのです」


「そういう言い方だとなんかかっこいいな。バイオハザードみたいな」


「だれが病原体ですか」


 そんな意図はなかったんだけれど、こいつと接触するようになって、こいつに「感染」してから、だいぶ行動が活発になったような気はする。イモムシに寄生して、葉っぱの上に行くように操縦して、ヒツジに食べてもらうみたいな寄生虫がいたような記憶があるから、後輩ちゃんもそんな感じのバイオウーマンなのかもしれない。俺はどんな生け贄にされちゃうんですかね。


「後輩ちゃんだよ。後輩菌だ」


「筋肉みたいですね」


「そんな筋肉あんの?」


「さあ? 知りません」


 知らんのかい。


 # # #


 放課後。ホームルームも終わった頃。

 後輩ちゃんから、LINEが来た。


 頭を抱えて、机に突っ伏したまま、首だけを横にひねって、スマホを見る。


まはるん♪:こんにちは

まはるん♪:ぶじ、借り物競争になりました

井口慶太 :俺もだよ……どうして……


 俺は、もう一度だけ、頭を抱えた。

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