第44日「せんぱいって、おこづかい、いくらもらってますか?」
# # #
「おはようございます」
「ん、おはよう」
月曜日だ。髪の毛の量が減った分か、少しだけ朝を爽やかに感じる。
「安心しました」
「いや、遅刻はしないって」
「そうじゃなくて。やっぱり、メガネ似合ってないなって」
「うっせえ。いいんだよ」
「はい。いいと思います」
「は?」
おい。コンタクトにしろだのメガネでいいだの、どっちなんだよ。
* * *
せんぱいは、ちょっともっさりなくらいでちょうどいいかもしれません。
……特に、学校では。うん。そうに決まってます。目立たないほうがいいです。わたし的には。
いつもの場所に収まって(3日ぶりですね)、せんぱいとおはなしをします。
「週末、なにしてましたか?」
「忙しかったですか?」
「救ってもらってもいいですか? ……じゃなくて!」
「スニーカー文庫だったな、確か」
大真面目に言ってくるものだから、抗議の意味を込めてせんぱいの方を見ました。
すると、せんぱいもこちらに焦点を合わせていて、視線がぶつかります。
電車が一度、がたんと揺れました。
わたしもせんぱいも、まだ、目を離しません。
もう一度、がたんと揺れました。
わたしは、両方のほっぺに空気をためました。たぶん、せんぱいから見たら、ぷくー、とふくらんでいるのがわかるはずです。
ごう、という音がしました。電車が、ほかの電車とすれちがっています。
せんぱいが、べーと舌を出しています。
おおかた、変な顔のレパートリーがないのでしょう。
それでも、せんぱいが、変な顔をしようとしているというだけで、わたしには十分でした。
「ぷっ……!」
「ははっ……!」
わたしが吹きだすと同時に、せんぱいも笑いだしました。
「にらめっこなら、ひきわけですね」
せんぱいが、ため息をひとつつきました。
「あのな、そもそも、なんだったんだこれ?」
「せんぱいが変なこと言いだすのが悪いんです」
「んなこと言ったらお前がこっち向いてきたのだって」
「その時にせんぱいもこっち向いてたからにらめっこみたいになったんですよ」
「会話の順序的に次お前がしゃべる番だっただろなんで黙り込むんだよ」
「せんぱいがつまらないこと言いはじめるから」
「すっぱり無視して他の話題にするとかあっただろ」
「だからすっぱり無視したんじゃないですか」
# # #
一駅分くらい、言葉の売り買いが続いた。落ち着いた。
周りの視線が、ちょっぴり痛い気がする。
まあ、電車の中とか、普段からこんな感じだったか。
「『今日の一問』いいですか?」
「今日は考えてきたのか」
「昨日思いついたんですよ」
「はあ」
「せんぱいって、おこづかい、いくらもらってますか?」
わあ。なんというか、だいぶ突っ込んできたなあ。
「残念ながら、魚卵はもらってないな」
「いくらくらいの金額をもらってますか?」
「おま、何その、わたしより高ければもっと奢らせるぞみたいな目は」
「やっぱり答えたくないですか? なら――」
「いや、『今日の一問』である以上、そりゃ答えるって」
そのかわり、後でそっちのも聞くけどな。
「うちはな、たぶん小遣いってくくりだと、月0円」
「あー、そっちの」
「そうそう。そっちのパターン。必要なものがあったら申告してね。買ってあげるから。あとはお年玉切り崩してなんとかしなさいって」
「なるほど」
実際、小遣い制のやつってそこまで多くないと思うんだけど。
高校生にもなって資金力がある人、というのは、小遣いが高額というよりはむしろアルバイトをしているのである。だいたい。たぶん。
「いや、大変なんだぞ?」
「いいじゃないですか。消耗品とかはだいたい買ってもらえるんでしょう?」
女の子は化粧品とか色々あるんですよ、と後輩ちゃん。
「そうでもないんだって」
大事なものがあるだろうが。
「どこまで『必要な本』として認めてもらえるか、日々苦労してるんだよ!」
本を大量に読む以上、その本の確保は、俺にとって最重要課題のひとつである。
古典を読むなら図書館とか、面倒だったら青空文庫とかでいいんだけれど、最近出版された本を読むのだったら、どうしても本屋で購入する必要がある。
本というのは、決して安くない。
文庫本1冊がだいたい700円、単行本なら1500~2000円くらいか。高校生が1日遊ぶには十分な金額である。文庫本なら1日で2冊とか3冊は軽く読んじゃうし。
だから、ここで必要なのが家計からの補助制度である。うまいこと母親を言いくるめて、勉強だったり、将来的に「必要」と(基準がわからないが)認めさせることができれば、俺の財布は痛まずに新しい本が手に入るのである。何それ素敵。
「せんぱいに聞いたのが間違いでしたね」
後輩ちゃんが、はい、と諦めの目を向けてくる。ひどい。
「そういう後輩ちゃんはどうなんだよ。財政状況」
あ、言い忘れた。
「『今日の一問』な」
「はいはい。わたしは、おこづかいは月5000円です」
「うん」
まあ、標準的な額だろう。
……あれ?
「それで、」
「待った待った待った」
後輩ちゃんの言葉を遮った。
「お前、じゃあ昨日の美容院で半分飛ばしたってこと?」
奢ると言われた手前払うわけにもいかなかったので黙って見ていたけれど、確か2500円を支払っていた気がするのだが。
「おこづかいは、という意味なら、はい」
「それでいいのか? 彼氏でもない男にそんなに使って」
「言い方が気になりますけど、まあ、いいんですよ」
「でも――」
「説明するので。それで、わたしに兄がいることは知ってますよね?」
「地方にいるっていう」
「はい。よく覚えてましたね」
だいぶ前の話だったけれど、確か大学生で、今は地方の大学に通ってるからこっちにはいないみたいなことを聞いた。
「お兄さんがどうした」
「振り込んでくるんです」
「何を」
「振り込むものといったらお金ですよ」
「何で」
「知らないですけど、バイトで稼いだ金額のきっかり半分、らしいです」
「何ゆえ」
「だから知らないですって」
「何、お前から頼み込んだの?」
「違いますって。大学入った頃から、勝手に始まったんですよ」
「でもありがたく使ってると」
「まあ、それは」
彼女は、女の子にはお金がかかるんです、そう言い添えた。
にしても、そのお兄さん、やばくないか? シスコンすぎない? 稼いだ半額を妹に送金って。
付き合ってもない俺が、毎朝電車で妹と会って、話しながら学校へ行くなんて知られた日には……
ただじゃあすまないような、そんな予感がした。
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