第45日「トリック・オア・トリート!」
# # #
めっきり秋も深まり、そろそろ肌寒くなってきた。
今日で10月も終わりである。
そう。今日で10月が終わる。言い換えれば、今日は、10月31日である。
ハロウィンである。
おかしくれなきゃいたずらしちゃうぞー、とかいう、子どもによる大人へのカツアゲ行為が行われる日である。
「おはようございます!」
今日は一段とテンションが高いなおい。やっぱり意識してんのか?
俺を見つけるや否や、振り返ってぴょこんと跳んで(あざとい)、後輩ちゃんが挨拶をしてきた。
「おはよう」
「ドキドキですね!」
「何がだよ」
「そんなの決まってるじゃないですか。10月最終日ですよ? ハロウィンです。どきどきですよ!」
「『Doki! Doki! HALLOWEEN』じゃないんだからさ……」
ハロウィン、ドキドキ、で不覚にも思い出してしまった。
どことなく『Ki-Ra Ki-Ra Sensation!』っぽいんだよな。
「なんですかそれ」
「ラブライブの作中作」
「そんなのありましたっけ?」
「マンガでな、部室に置いてあるんだよ」
2期10話とかで、きっちりくっきり確認できるのだ。ググっても何も出てこないけど。
「どうでもいいです」
「はい、ごめんなさい」
とはいえ、なあ。
「つーかさ、ハロウィンっつっても、特に何もないだろ」
「渋谷とか行くとすごいですよ?」
「俺は地味ハロウィンの方がいいな。じゃあはい。授業に疲れた男子高校生のコスプレ」
がっくりと、うなだれてみせる。
「そういうのつまんないです」
「じゃあどうすればいいだよ」
「どうせだったら、『文化祭で無理やり女子の制服を着せられた男子高校生』くらいのコスプレしてください」
「あー、って、女装? やだやだ」
「せんぱい、線細いですし似合いますよきっと」
「じゃあお前は『文化祭で無理やりバニーガールの衣装を着せられた女子高生』な」
「嫌ですよ」
くだらないやり取りをしていると、電車がやってきた。
* * *
いつもの場所に、いつも通りに収まりました。
「では。改めまして、せんぱい」
落ち着いたところで、せんぱいに言いました。
「トリック・オア・トリート!」
「なんかそうやって改めて言うと、なんかの魔法みたいだな」
「お菓子がもらえる魔法ですよね、これ」
「確かに。ほれ」
「ありがとうございます」
せんぱいが、かばんから箱を取り出して、わたしに手渡します。
いつかも見た覚えがある、赤い箱。どう見てもキットカットでした。チョコ、嫌いじゃないですけど、なんでしょうね。この、物足りない感じは。
「なんか、もうちょっと、こう」
「それがハロウィンにかける俺の熱量を表してるんだよ」
「情熱の赤、ですか?」
「いやそうじゃない」
箱の裏面を、読み上げます。
「100gあたりの熱量、552
「そういうことでもねえから!」
「はいはい」
# # #
「ところで、せんぱい」
「ん?」
キットカットを1本口に放り込んでから、後輩ちゃんが会話を続ける。
「『今日の一問』です。わたし、今日、おかしもってないんです……って言ったら、どうしますか?」
はあ。
一瞬、何を聞かれているのかがわからなかった。
でも、まあ、今日はハロウィンだし?
「そりゃ、というかそうでなくても、トリック・オア・トリートって聞くかな」
「ところがざんねんなことに、わたしはせんぱいをトリートできないのでした」
まあ、今あげたチョコを持ってるとはいえ、さすがにそれを俺に突き返すわけにもいくまい。
「じゃあトリックするしかないな」
「わたしが聞きたいのはですね、せんぱい」
後輩ちゃんがにやっと笑う。
「せんぱいは、わたしにいたずらできるほどの度胸があるんですかってことですよ」
この野郎。違うか。
この乙女。これも違う。
このアマ、これだ。こういう時に使うのか。
「それくらいあるぞ。どれくらいの付き合いだと思ってる」
「たぶん、まだ一ヶ月半くらいですね」
「まだ」か、「もう」か、いろんな人に聞いても意見が分かれそうだけれど。
俺も、「まだ」だと思った。まだ、まともに話すようになってから一ヶ月半くらいしか経ってないのに、こんな関係になっているなんて、二ヶ月前の俺に話しても信じないだろう。そこにいるかわいい後輩と毎日話しながら登校するようになるよ、って。
そういう意味では、俺の「どのくらいの(期間の)付き合いだと思っている」っていうのは、ちょっとピンぼけなことばに思えてきた。
「まあいいわ。ほら、背中向けろ」
「こうですか?」
確か、今月のはじめには、同じようなシチュエーションで背中を思いっきりくすぐられた。
他人にくすぐられるのが、あれほどくすぐったいだなんて知らなかった。
だから、今日こそは後輩ちゃんも同じ目に――合わせるのは、ちょっとつまらない。
ブラがどうのこうの言ってたのを思い出したわけでは、断じてない。うん。
そう。俺は違いを出せる男なのだ。ワンパターンじゃ、世の中つまらない。
だから、俺は。
こちらに小さな背中を向けて、くすぐられるのに備えてか、少し体に力を入れている後輩ちゃんを、後ろから思い切り抱きしめてやった。
いわゆる、「あすなろ抱き」の体勢だ。身長差10cmが活きる。
「あの、せんぱい!?」
腕の中でわたわたする後輩ちゃんの耳元で、できるだけ低音を意識して、囁きかけた。
「じっとしてて。かわいい子猫ちゃん」
雰囲気に、酔っていたとしか思えない。後で、布団の中でじたばたすることを覚悟しないといけないだろう。
俺の自滅ダメージの分、後輩ちゃんにも効果があったようで。
「誰が子猫ですか……」
悪態をつきつつも、すっかりおとなしくなって、しばらく、そのままだった。
後輩ちゃんの体は、俺より小さくて、いい香りがして、そして、暖かかった。
ぼーっとしていた。
「せんぱい! 離してください、ほら、着きましたよ」
揺らされて、ふわふわしていた意識が、きちんとした形に戻ってくる。
学校の最寄り駅に、着いていた。慌てて降りた。
改札を出て、学校に向かう道すがら、後輩ちゃんに確認する。
「あの。『今日の一問』な。こうなるってわかってて、何でこんなことしたんだ?」
「ここまでとは思ってなかったです……」
「ごめん、やっぱやりすぎた?」
わりと申し訳なくなってきて、ちゃんと謝った方がいいかなとか思っていると。
「いいんですよ。せんぱいなら、面白いことしてくれるかなあって。それだけです」
ごほうびにお菓子あげますよ、と。
後輩ちゃんは、さっき開けたキットカットを1本、俺の口に押し込んできた。
甘かった。
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