第86日「せんぱい、テスト勉強はどれくらいできたんですか?」

 # # #


 月曜日がやってきた。

 今年の授業は、今日で最後だ。残りはテストとテスト返しだけで、それが終われば冬休みがやってくる。

 さすがに、テスト前日なのに出題範囲を詰め込んでくるような鬼教師はいない。今日は体育以外は確か全部自習(という名の質問タイム)だし、何なら早く帰れる。そういう意味では、なんだか、全然、授業日という感じがしない。


「おはようございます」


 とはいえ、一応は始業時間に学校へ行かなければならない。眠い目をこすりながら駅のホームに来ると、後輩ちゃんがいつものように挨拶をしてくれた。


「ああ、おはよう」


 こう言い終えると、自分の口からあくびが漏れ出た。


「あいかわらずねむそうですねえ、せんぱい?」


「いつものことだろ」


 口ではこう返したけれど、心当たりがなくはない。

 土日の両方とも、昼間の間は後輩ちゃんこいつの誕生日プレゼントを探していて、思うように勉強時間が確保できなかったのだ。

 家にいてもずっとだらけちゃう可能性も高いしちょうどよかったといえばよかったんだけれど、やっぱり時間が足りない感じがした。週末の時間があるうちに問題集を一巡終わらせておこうと、ついつい夜更かししてしまった。

 まあそりゃ当然、眠くはなる。


「月曜日ですよ?」


「月曜日だな」


「目、いつもより閉じ気味ですよ?」


 後輩ちゃんはこう言うと、すたすたと、やってきた電車に乗り込んだ。

 は?


「え? 嘘だろ? ちゃんと顔洗ってきたし……」


 睡眠時間が多少短いし寝溜めもできてないとはいえ、そんな露骨に透けるほど眠くはないんだけれど。

 いつもの場所に落ち着いた彼女は俺の方に視線を向けると、にやりとしてこう言った。


「なんだ、はったりだったのにー。せんぱい、動揺しちゃいました?」


 そうならそう言ってくれ。あ、でも言っちゃったらはったりにならないか。


「うるせえ」


「せんぱい、テスト前でもリズム崩さないタイプだと思ってました」


 今まではそうだったよ……とは言えない。

 誰のせいだと思ってるんだ……とも言えない。

 後輩ちゃんのせいにするわけにもいかないし、普通に答えを返すしかない。


 * * *


「まあ、そういうこともあるんだよ」


 何かを飲み込んで、せんぱいはこう答えました。

 きっと、わたしのせいにしようとしたんでしょうけれど。いちおう、わたしは知らないことになっていますからね。せんぱいは言えないでしょう。


「テスト5回目ならそろそろリズムもできてきたでしょうに」


「……人の勝手だろ」


「はいはい」


 ひどくリズムを崩しすぎないように、きのうむりやりお昼ごはんに誘ったのですから、ちょっとくらい感謝を――ってのは、さすがにむりな相談ですかねえ。


「ところで、せんぱい。『今日の一問』いいですか」


 おはなししていたら、思いつきました。

 『今日の一問』は、これにしましょう。


「せんぱい、テスト勉強はどれくらいできたんですか?」


 # # #


 こんな質問をされたのは、初めてだった。

 だから、どう答えればよいのかもわからない。


「どれくらいって? 何十時間とかそういう話?」


「絶対的な量を聞いてるわけじゃないですって。せんぱいが、自分的には、どれくらいの量、到達度まで持っていけたのかなあって」


「ほう」


「『秀才』を自称してるくらいですから、それなりには勉強してるんでしょう?」


「まあ、そりゃ……」


 とはいえ。

 今回の勉強量は、今までと比べれば、明らかに少ない。

 どれくらい少ないかと言うと、そうだなあ……


「なんだろう、80点を確実に取れて、85点以上の域を争う運ゲーの領域にギリギリ足を突っ込めるくらい、じゃないかな」


 運ゲーの運要素(テスト中のひらめきだったりがんばり)を減らして、1点でも高い点数を取る、というところまでは、今学期は行けなかった。

 土日をなんだかんだ後輩ちゃんにかなり潰されたし、昨日おとといも出かけてしまったし、で、しょうがなくはあるんだけど。


「めっちゃ勉強してるじゃないですか」


「最低ラインだろ、これ」


「ガリ勉」


「否定はできないけど今回はそんなにガリガリやってないって」


「今回は、ということは?」


「それは置いとけ」


 時間ある時は、いらないノートにガリガリ書いて暗記をしてたりする。今回は時間がなかったから、読むのが主体だった。こういう勉強をする時は、読書スキルを磨いておいてよかったなあ、と思う。


「はーい」


「じゃあ、俺からも『今日の一問』」


「なんです?」


 だいたい察しがついているだろうに、わざわざ首を傾げる彼女がかわいくて、少しだけ腹が立った。


「後輩ちゃんこそ、どれくらい勉強したの? テストに向けて」


「教科書とプリント一周目を通しました」


 んー、と思ったけど。確かに、高得点を狙わないならばそんなもんかもしれない。

 こいつは頭いいって自分で言ってるし、なおさらだ。


「それで何点くらい目指すの?」


「平均から10点くらい上、ですかね」


「これだから天才は」


 俺が少し適当なことを言った途端、嬉しそうな顔をして、こう言った。


「へへーん。もっとほめてくれたっていいんですよ、せんぱい?」


 調子に乗せると面倒なので、知らんぷりをする。


「せんぱいだって、勉強しすぎですよ? 夜遅くまで」


「学生の本分は勉強って言うだろ。俺は間違ってない」


「はいはい」


 会話の内容こそテスト前だけれど、いつもとやっていることは変わらない。

 なんともしまらない雰囲気で、俺たちは電車に揺られていた。

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