#01 無能の少年(03)

 はるかか遠くにあった出口が、もう間近に迫ってきた。心配されたツタも全く問題なく僕の身体を支えている。下を見ると気が遠くなるほどに地面が遠くに見える。もうすぐ僕は自由になれるんだ!

 グン、グンと引っ張り上げられる中、疑問が浮かんできた。彼はどうやって僕を引き上げているんだろう? モーターなどを使っているなら、こんなムラのある上がり方はしないはずだし、そもそもツタなんかは使わないだろう。それに、こんなツタが街中にある物だろうか? まぁ、今の僕はここから出られれば文句はないのだけれど、違和感を覚えているのも事実だった。

 地の底の湿った空気も和らいできた。なんだか、緑の臭いと乾いた風が感じられるようになってきた。あと、数回引っ張られると脱出できる。……おかしいな? それにしては車の音といった生活音が聞こえてこないような。そして、一気にツタが引き上げられた。

 ブワァ!

 僕の身体を爽やかな風が包む。明るすぎる外光に僕は耐えきれず一度目を閉じる。そして、手でひさしを作りゆっくりと眼を開けた。

 懐かしい人通り、行き交う自動車、賑やかな街並み……。僕の眼に飛び込んでくるはずの風景はそこになかった。

 広がる緑鮮やかな大草原。散在する森。まっすぐに伸びる地平線。にぎやかな街並みはそこになく、風の音だけがそこにあった。

 僕は状況を理解できずに、ただ、ただぼう然とその風景を眺めていた。いまだに身体はグン、グンと持ち上げられているのにも気付かずに。

 「だいじょぶか?」

 上から聞こえる彼の声で、僕は我に返った。

 「あっ。ありがとう!って、うわわわぁ」

 僕を引き上げてくれた彼は、身の丈15メートルはあろうかと思われる身体を持つ巨人だった。その身体は薄汚れた白い鎧に覆われ、身にまとうマントもボロボロであった。中世の騎士のような、爬虫類のような風貌を持つ彼は、その巨大な紅い眼で僕をじっと見つめていた。恐怖のあまり僕は暴れるけれど、しっかりと巻き付けたツタはビクともしない。

 「あぶい、じっとしてろ」

 彼は、僕をぶら下げた右手の下に左手を広げ、そっとその上に降ろしてくれた。

 「も、だいじょぶ。ツタほどけ」

 僕はガクガク頷いてツタをほどきにかかったが、釣り上げられている間に結び目が固くなってしまった。結局カッターを取り出して切断するハメになった。

 「ゆじちゃ、よかた」

 そう言う彼の表情は全く分からなかった。彼が纏う白い鎧は顔はおろか、肌の類を一切を露出していなかった。ただ敵意のないことだけは確信できた。

 「ここは……どこなんだ?」

 思わず疑問が口に出る。異形の彼といい、広大な大自然といい、どうみても僕の住む街ではない。というより、異なる世界、と言うほうがシックリくる。

 「よくわからな。ゆじちゃもわからぬ?」

 「まいったなぁ……」

 頭を抱える僕の前に、彼はその巨大な人差し指を差し出してきた。僕は握手のつもりで両手でその指に触れ、彼に向かって言った。

 「そういえば、お礼がまだだったね。ありがとう、あんな穴の中から出してくれて。感謝するよ」

 「気にすな」

 さて、一難去ってまた一難。僕はどうしたら良いんだろう? すべきことも、行くべきところも全く分からない。ここは、彼から情報を聞き出すしかないだろう。片言だけど何とかコミュニケーション取れるし、敵意がないのだから。

 僕は両手を広げ、できる限りの笑顔を浮かべ彼に言った。

 「ねえ! 君の名前を教えてくれよ」

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