#01 無能の少年(02)
こちらからは相手が覗き込んでいるのかさえ分からない。とにかく存在をアピールするのだ。すると間もなく返事が返ってきた。
「どしました? なにしてる?」
僕よりも年下の男の子かな? 少しカタコトの日本語だ。それでも構わない。今の僕にとって、彼は天使にも匹敵するお方なのだ。僕は矢継ぎ早に答えた。
「助けてください。ここから出られないんです!」
やや間があって、相手から返事が返ってきた。
「……もしゅこし、ゆくり話してくだい」
しまった! 焦りすぎたか。でも、相手になってくれているのだから何とかなりそうだ。僕は言葉をゆっくりと、かみしめるように叫んだ。
「すみませーん。僕は、この穴の底にいまぁす。ここから出られません。誰か助けを呼んでいただけませんかぁ?」
彼との会話は少し間が開けながら、ゆっくりと進んだ。
「……わかるまた。あたのおなま、なですか?」
どうやら僕の名前を聞いているらしい。一刻も早く救出してほしいのだけど……。とにかく今は相手の機嫌を損ねるわけにいかない。
「勇司です、勇気を司ると書いて勇司。谷川勇司です。それより早く助けを呼んでください」
また、少しの間をあけて相手の返事があった。
「……ゆじちゃ? ちょとまて。いま、出してやる」
「ありがとうございまーす。待ってまーす」
助かった! 言葉が拙いけれど、ちゃんと意思は伝わったみたいだ。安堵のあまり、僕はスポーツバッグの上に腰を落とした。
「あ、こっちも相手の名前を聞いておけばよかったな」
僕はクスリと笑った。人間、追い詰められると自分のことしか考えられなくなるものだなぁ。まぁ、脱出したらお礼を言おう。とにかく今は、体力温存。
心に余裕が出来てくると、あらためて今の状況が異常であることが認識できる。
「なぜ、僕はこんな深い穴の中にいるのだろう?」
身体を触って確かめてみると、多少汚れてはいるが全く怪我はしていない。この深さだ。まともに落ちたなら生きていられない。かといって、どこかを滑り落ちた感じでもない。どう見ても、真上から落ちる以外でここにたどり着く方法が思いつかない。違和感しかないのだけど、繋がるパーツが見つからない。
「はっはっは。もしかして突然、何かの力に目覚めてたりしてな」
つい口にしてしまったその言葉。さすがに中二になりたての人間として恥ずかしい。リアルの中二病じゃねーか。悲しいことにエコーがまだ響いている。
「ゆじちゃ! 今、ツタおろ。これ、からだまきつけ。そしたら、ひきあげ」
タイミング悪く、助けの神が戻ってきたようだ。聞かれたかな、あれ?
「ありがとうございまーす」
僕は何も無かったかのように大声で答えた。
しばらくすると、眼の前にやや太いツタがぶら下がってきた。ロープのことをツタと言っているのかと思ったけれど、本当に、間違いなくツタだった。手にとって引っ張ってみると確かに丈夫そうではある。
彼にこのツタで大丈夫なのかと尋ねると「だいじょぶ、4にんや5にん、ぶらさげ、へき」と返ってくる。しかたない、覚悟を決めよう。念のためスポーツバッグの中からカッターを取り出し、ポケットに入れておく。そしてバッグを背負い、幾重にもツタを身体に巻き付けた僕は彼に告げる。
「お願いします!」
「わかた。いくよ!」
彼がそういうと、ツタに身体が引っ張られ一気に数メートル浮き上がった。一旦、停止した後、再びグンと数メートル上昇する。
「よし! いいぞ! いいぞ! いいぞ!」
彼の言うようにツタは恐ろしく丈夫で、しかもある程度クッションが効いているのであまり身体が痛くないという、ある意味最適な選択であったことを理解した。
さよなら地の底よ。僕は明るい地上に戻るのだ!
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