#09 孤独の塔(05)
*
もう何日になるのだろう。ほとんど変化のない暗闇の中で私は時間の感覚を失っていた。時たま起きる軽い重力変化。そしてその後の食事の時間。変化のない空間は私の精神を削り取っていった。
それでも私が正気を保っていられたのは、ふたりの監視役の会話だった。本来なら聞こえないのだろうが、魔力によって強化された肉体の賜物だろう。そういえばこの力によって勇司くんとの旅もだいぶ楽になったのだったっけ。
……会いたいよ、勇司くん。
こうしてみると、彼の言葉が私の礎になっているのだ。
『あきらめるな!』
うん。あきらめない。もう一度、彼の顔を見るまでは。
こちらで叫んでも監視役には一切聞こえないようだった。それゆえ、油断が生じているのだろう。
彼らの会話から様々なことが分かってきた。
エミティの人たちは決して一枚岩でないこと。少なくとも監視役のふたりの忠誠心は薄い。しかし圧倒的な力を感じているため、エミティに身を寄せているだけなのだ。エミティの戦力はヒトからアンティアンに変わりつつある。アンティアンとギガントがどこから来るのかは彼らも知らなかった。エミティという組織にとって、死んでも死んでもすぐに補充される忠実な道具であり、監視役を含むヒトは道具によって居場所を失いかけていた。
つまり実質、エミティという組織はふたりだけの軍隊と言ってよかった。全ての力がそこに集約されている。ギルトとガルフ。恐らくガルフと言うのが“お兄様”なのだろう。
ガクン。
ああ、また重力の変化が感じられる。きっともうすぐ食事の時間だ。サーディアンの子供が食べさせようとする食事はとにかく不味い。空腹に負けて口にしたことがあったけれど、ツンと来る臭いが駄目。結局、水を飲むだけで終わってしまう。水があれば私は身体を回復できる。しかし、この壁は魔力を吸収する特殊素材でできている。扉が開いた時にほんのり明るくなるのは、恐らく空気中に漂う魔力に反応しているのだろう。この時だけは私の回復魔法が使える。しかし、扉が閉じると空気中の魔力が壁に吸い取られてしまうのだ。不幸中の幸いとして、この状況は監視役に気付かれていない。
やがて扉が開き、いつものようにサーディアンの子供が足を引きずって歩いてくる。
「もたもたするな!」
監視役に怒られながら子供はこちらに歩いてくる。
あれ?
外の光がまぶしくて視力が追いつかない。何か違和感を抱いたけれど、それが何かが分からない。子供は私のそばに来ると、いつものようにカチャカチャとスプーンでかき混ぜて、私に食べさせようとする。
カチャカチャ。
その音と共にツンと来る臭いがキツイ。私は顔を背ける。それでもカチャカチャとスプーンでかき混ぜ続けた。『いらない』と叫びそうになった時、私は子供の動きがいつもと違うことに気付いた。とにかくかき混ぜるだけで私に食べさせる気がないのだ。よくよく見ると、かき混ぜ方に一定の法則がある。
……何かのメッセージだ!
子供は同じ動作を繰り返している。あれは……アルファベットだ!
A・D・O
確かにその三文字を繰り返しスープの上に書いている。“A・D・O”……アド? アドちゃん!
私が驚きの表情を浮かべると、サーディアンの子供はニッコリと笑顔を浮かべた。最初に感じた違和感はこれだったのだ。違う人種であるゆえ気付かなかったけれど、いつもの子供と入れ替わっていたのだ。記憶力の良い彼女だ。元々の子供の仕草をコピーしてきたのだろう。つくづく間抜けな監視役に私は感謝した。情報をたくさん与えてくれ、かつこちらの変化に気付かない。泣きそうになる私に、アドちゃんはスプーンでスープをよそって差し出した。私は見捨てられていなかった! きっとチャンスは来る。
『あきらめるな!』
勇司くんの声が聞こえてくるようだ。
アドちゃんの差し出すスプーンを私は口にした。不味い。はき出したくなる。でも私は眼をつぶって飲み込んだ。そして全て平らげた。希望が見えてきた。どんなことがあっても私は生き抜く!
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