#01 無能の少年(07)

 「……なぁ、コーディ。ここは良い世界だな」

 「そう思うかい?」

 僕は上半身を起こし、周りの風景を一望する。

 「ああ。ここでお前と暮らすのって悪くない選択だと思う。でも思うんだ、それはやっぱり違う。僕には僕の世界がある。やはり戻るべきだと思うし、戻りたい」

 「でもおいら、にーちゃんがどの領域から来たか分からないよ。正直なところ、みんな同じに見える」

 「構わないさ。ここに来られたんだから、きっと戻る方法もあるはず。それを一緒に探してくれないか?」

 「せっかく仲良くなれたのに……」

 「おいおい。行って帰れたんなら、また来れるかもしれないだろ? それが別れになるとは限らないさ」

 「あはは、にーちゃんって前向きで面白いね。乗った!」

 今、風が吹いた。そう。僕は、僕の世界に戻る。どんなことをしてでもだ。

 僕は背負っていたスポーツバッグを開け、まず一番手元にあった英語の教科書を取り出す。そしてそのまま立ち上がり、あらためてこの風景を見渡した。

 「コーディ、目標の村はあれかい?」

 「うん。ただ、おいらも近くまでは行っただけで、実際に入ったことはないんだよね」

 彼の言う村はかなり遠くにあるように見える。近くの川をそのまま辿っていけそうなのはありがたい。しかし、よくよく考えてみると僕はこれだけの距離を歩いた記憶がない。コーディは3日と言ったけれど、彼と僕のサイズの違いからくる違いなのだろう。実際にはもう少し掛かりそうな感じだ。

 「にーちゃん、やっぱりおいらの身体に乗っていくかい?」

 「お前、大丈夫なのか?」

 「うーん、本当は回復したいんだけど」

 「じゃあ、コーディはゆっくり休んでくれ。せっかくの新しい世界だ。自分の足で歩き、自分の眼でいろいろな物を見るさ」

 「大変だよ?」

 「僕はこの世界のことを何も知らない。コーディに乗っていくのは楽かもしれないけれど、結局それは大回りになるような気がするんだ。僕たちの世界では“急がば回れ”っていうんだぜ。つまり、無理に最短距離を行くよりも、遠くても確実な道を通る方が結局早く着くってな。

 きっと、僕は向こうの世界で行方不明になっていると思うんだ。父さんや母さん、それに友達が心配してるはず。だから一刻も早く戻らないと」

 「ふーん。心配してくれる人がいるのはうらやましいね」

 「コーディにはいないのか?」

 「…………」

 宝石はやや色を落とし、動きが鈍くなった。まあ、いいさ。コーディにだって言いたくないことはあるだろう。

 僕は手にした教科書をじっと眺めた。昨日のオリエンテーションでもらったばかりの、まだ真新しい一度も開いていない教科書だ。

 「ごめん!」

 僕は一言詫びた後、表紙に指をかけ十数ページまとめて一気にビリ!っと破いた。そして、風が強くなったタイミングを見計らってばら撒いた。

 「あばよ! 僕の日常! 必ず、必ず戻るからな!」

 教科書は風に舞い、この新世界の風景に吸い込まれていった。

 「にーちゃん、にーちゃん。何やってんのさ」

 胸元のコーディが僕に問いかける。

 「ん? ああ。この世界で生きていくには荷物が多すぎるからな、不要なものを処分してるのさ」

 「ふーん。何かの儀式かと思った」

 僕はクスリと笑った。確かにそうかもしれない。

 「僕は必ず元の世界に戻る。どんなことをしてでもな。これは、その誓いみたいなものさ」

 僕はそう言って、教科書の次の束を破くため、手を掛ける。

 「にーちゃんって、やっぱ面白いや」

 「そーかい?」

 ビリッ! 僕が教科書を破きかけたその瞬間、コーディが話しかける。

 「でも荷物が重いなら、おいらの身体に載せればいいのに……」

 「へっ? もしかしてそれで運べるの?」

 「うん。重さも感じないはずだし、回復には影響しないよ」

 コーディの言葉に僕は固まった。

 「早く言ってよ……」

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