#04 落陽の村、ビギ(03)

 「夏美さん! 眼や口の中といった急所を狙えないか?」

 「無理! 的が小さすぎる」

 おそらくギリギリまで引き付けてファイアーボールを急所にぶつける以外、夏美さんの魔法は通じないだろう。しかし不意を狙った初動のファイアーボールにも回避行動を取れる奴だ。もう、二度と隙は見せないだろう。後はコーディの剣による攻撃か。こちらは確実にダメージを与えることができるだろうが、モーションが遅すぎる。気が付くと、胸に抱いた溺れた子供の元気が落ちていく。体温が下がっているようだ。時間もない。

 「……!? そうか!」

 この方法ならいけるかもしれない。しかし、失敗したら後はない。

 「コーディ! 僕たちを左手に乗せて、川の真ん中辺りに入ってくれ」

 コーディは躊躇することなく、左手を僕たちの前に差し出した。そして川の中央に移動した。川の流れは激しく、コーディの動きはさらに遅くなった。

 「夏美さん、できるだけ大きなファイアーボールを作って待機!」

 「……あっ、なるほど! コーディ! もっと腰を低く構えて!」

 夏美さんは作戦を理解したようだ。一歩前に出て集中を始める。コーディも指示通り、腰を低く構えた。川の流れが激しいため、足に跳ね返って僕たちに水がかかる。

 「なるほど、そういう訳か。ナツ! チャンスは一度きり。しっかり狙ってよ」

 そう言ってコーディは剣を構えなおす。完全にこちらを舐めきっているルネットは正面から攻めるつもりだ。夏美さんの魔法も、コーディの遅い剣も恐れる必要がないと判断したのだろう。水面ギリギリを切り裂くように低く飛んだ。

 「準備オッケー! いけるよ」

 夏美さんの広げた両手の間に最大級のファイアーボールが出来上がった。それでもルネットから見ると小さな火の玉だ。雄たけびをあげると、ルネットは一直線に突っ込んできた。

 「まだまだ……よし、今だ!」

 僕の指示に従って夏美さんがファイアーボールを放つ。まだ距離があるため、ルネットはやや高度を上げて対応する。ファイアーボールは命中することなく遥か手前に落下する。

 ギャーッス!

 ルネットがあざ笑うように声をあげる。

 「かかった!」

 パーン!

 落下したファイアーボールは水面に接触し、大きな水柱をあげた。巨大なルネットさえも軽く包み込む巨大な水柱だ。かつて習得したてのファイアーボールですら、水中の魚を宙高く舞い上げるパワーを持つ水柱。さらに巨大化した火球はルネットの巨体でも耐えられるものではなかった。さらに舞い散る水滴がルネットの視界を奪う。奴が気付いた時には、コーディの剣が身体を貫いていた。

 ギャース!

 ルネットは断末魔の声をあげる。大きく開けた口に夏美さんのファイアーショットが連続して投げ込まれる。丈夫な皮膚を持つ動物であっても体内は弱いものだ。口中から血を大量に吐き出した。そのままコーディが川に叩きつけ足で踏みつける。そして右手で翼を引き裂いた。僕たちは飛ばされないようにコーディに必死にしがみ付いていた。

 グルルル……。

 ルネットは恨めしそうな声を出し僕たちを睨み付けた後、力なく水の中に身体を沈めた。

 「……終わったの?」

 そう言う夏美さんを大量の水しぶきが襲う。

 「みたいだな……。コーディ、すぐに川岸に上がってくれ。この子の身体が冷え切っている!」

 「分かったよ、にーちゃん」

 コーディは剣を抜いてから、川岸まで僕たちを送り届けてくれた。

 「私たちも濡れちゃって……きゃっ!」

 夏美さんは胸を隠すように自分を抱きしめた。大量の水を浴びた彼女の体操着は透けている状態であることに今気づいたのだ。

 「もう、早く言ってよ、勇司くんってば」

 すみません、夏美さん。気付いていましたが、そんな余裕ありませんでした。

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