#04 落陽の村、ビギ(05)

 洞窟に戻ると夏美さんはノートをつけていた。膝の上では、さっきまで瀕死だった少女が寝息を立てている。

 「お疲れさま。もう大丈夫なのかい?」

 「ええ、熱も戻ったし呼吸も安定してきたから大丈夫だと思う」

 夏美さんは少女の髪を撫でながら優しい表情で答える。僕はお土産の果実を渡すと、彼女は嬉しそうに口にした。

 「……実はナツ、ちょっと話をしておきたいことがあるんだ」

 珍しくまじめな口調のコーディに夏美さんは口にした果実を側に置いて答えた。

 「何?」

 「実はおいら、記憶がないみたいなんだ。正確にいうと所々知っているはずの情報が欠けている。たとえばルネットが敵であることはすぐに分かった。でも、なんで対立しているかは分からないんだ」

 「……記憶って複雑に組み合わさるパズルみたいなものだから、そんな器用に忘れられるの?」

 「おいらはナツやにーちゃんと違って作り物だからね。その辺の事情は違うのさ。おいらの記憶は身体の方にある。負傷と共に記憶のいくつかにアクセスできない状況なんだ。だから身体が完治すれば記憶も完全に戻ると思う」

 夏美さんがちょっと困った顔をして僕の方を見た。僕は黙ってうなずいた。この辺は一足先に聞いたばかりだ。そして補足する。

 「僕とコーディが出会ったばかりのころ、こいつはかなりボロボロだった。おそらくルネットよりも強い敵と戦った可能性は高い。ただ困ったことにコーディは……」

 「うん、なぜ傷ついていたのか分からないんだ。戦って負けたのかもしれないけど、それも分からない」

 夏美さんは頭を抱えた。

 「うーん。困ったちゃんだね、コーディはでも……」

 彼女は僕の胸にぶら下がるコーディに顔を近づける。

 「私はあなたを信じてる。きっとあなたは何かを守るために戦ったんだよ」

 「……ナツ。ありがとう」

 「コーディがこういった事情だからさ、夏美さん」

 「ええ、分かったわ。この先、できるだけコーディは展開しない方が良いってことね。でも、宝石状態のコーディも隠す方が良いの?」

 「うー、たぶん単なるアクセサリと見なされるんじゃないかな? ただ口数は減らす方が良いと思う。にーちゃんは問題ないし、にーちゃんの友達のナツも信用してるけど……」

 「あら、私は勇司くんのオマケなの?」

 「最初はね。でもナツが悪い人ではないのは分かってるさ」

 「なんか引っかかる言い方ね。まぁいいわ。この先、嫌と言うほど私を信頼してもらうから。逃げだそうとしたら許さないわよ」

 「えー、それ何かおかしいよ、ナツぅ」

 僕らの笑い声で少女が眼を覚ましてしまったようだ。

 「んー。あれぇ? ここどこぉ?」

 眼をこすりながら少女は僕らの顔を見渡した。

 「安心して。ここは安全だから。あなたのお名前、教えてもらえるかな?」

 「……アモ」

 アモと名乗る少女は不思議そうな顔をして答えた。しばらく彼女の対応は夏美さんに任せてみることにしよう。

 「そう、素敵な名前ね。私は夏美。よろしくね」

 アモはこくりとうなずいた。

 「アモちゃん、あなたはね、川を……」

 「夏美さん!」

 僕は言葉を遮るように叫んだ。いきなり直球過ぎる質問はまずいだろ。そう思った時、アモがいきなり泣き出した。

 「わあぁぁぁぁぁーーーーん。お父さん、お母さぁぁぁん」

 僕は人差し指を口にあて夏美さんの方を見た。彼女は黙ってうなずいた。

 「どうした、どうした。ここは安心だからお兄さんたちに話してごらん」

 僕は満面の笑みを浮かべアモに話しかけると、彼女は夏美さんにしがみ付いた。そして胸に顔を埋めながら小さな声で言った。

 「……怖い人たちがおおぜい、村を襲ってきたの。お父さんに知らせようと川の方に行ったら足を滑らせて……」

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