#04 落陽の村、ビギ(06)
「ナツミちゃーん、こっちこっち!」
すっかりアモは夏美さんに懐いてしまった。生死をさ迷っていたとは信じられないほどの回復ぶりだ。本当なら彼女の回復を待つべきなのだろうけど、村への近道があるというのですぐに出発したのだ。何より親御さんにすぐに返してあげたいし、元々の目標地点だ。
夏美さんがひょいと持ち上げ肩車するとアモはますます嬉しそうな声をあげる。この子は眼を離すとどこに行くか分からないお転婆ぶり。それに病み上がりでの強行なので彼女の体力を第一に考えた結果だ。おかげで僕は夏美さんの荷物持ち。
「ははは、にーちゃん、フラれたね」
「うるさいわ!」
本来なら肩車は僕の役目なのだろうけど、彼女はちっとも懐いてくれない。というより、異常に夏美さんが気に入ったようなのだ。
昨日の温泉の先に大きな岩があり、その陰に隠れるようにトンネルがあった。
「ほら、ここ通ると村からお風呂にすぐ行けるんだよ」
温泉は元々アモの村の人たちが使っているものらしい。僕が調べたルートだと、山を迂回する形となり半日コースだが、このトンネルを使えば一気にショートカットできるらしい。
「すごいでしょ? ザドのおじちゃんたちが掘ってくれたんだよ」
アモは自慢気に言った。明かりなどの設備がないので夏美さんの炎の魔法で照らしながら進んだ。魔法を見たアモは喜んだが、驚きはしなかった。なるほど、この世界では魔法は珍しいものではないらしい。
「勇司くん、村だよ」
一足先にトンネルを抜けた夏美さんの声は緊張していた。僕たちはいったん足を止め、アイコンタクトで意思を確認した。ここからでは背の高い葦が生えていて、前方がほとんど見えない。
「夏美さん、僕が様子を見てくるからアモを頼む」
「気を付けてね」
僕はバッグを降ろし、お手製バットを構えた。意を決して足を進めようとすると、突然アモが声をあげた。
「あー、お母さんだぁ。お母さぁーん」
アモは夏美さんから飛び降り、一直線に走っていく。肩車されていた彼女は遠くまで見えたらしい。僕らは肩をすくめ、アモの後を追いかけた。アモはお母さんらしき女性に強く強く抱きしめられる。
「痛いよぉ、お母さん」
「よかった、本当に無事でよかった」
そしてお母さんは近づいてくる僕たちに気付くと子供を庇うように背を向ける。
「あのね、あのね、川を流されたアモをね、ナツミちゃんが助けてくれたんだよ」
アモが僕たちを指さして言うと、お母さんは驚きと戸惑いの表情を見せた。当然だろう。僕たちの服装はどうみても異質な物だったのだから。夏美さんに手を振るアモの姿を見て、ようやく受け入れてくれたらしい。腰が折れんばかりに何度も何度も頭を下げた。
僕たちが簡単に事情を説明すると、お母さんはキョロキョロと周りを見回した。
「あの、よろしければお礼を、ご夕食でもいかがでしょうか? あいにく何もありませんが」
正直、今の僕たちに断る理由は何もなかった。情報も欲しいし、屋根の下の生活は夢のような環境だし、食事はもう言わずもがな、である。
アモを連れて一足先にお母さんは村に戻っていった。僕たちは夕方までこの場に待たされた。暗くなるとお母さんはひとりでやってきた。
「こちらをどうぞ」
彼女が差し出したのは身体全体を覆うマントであった。それを纏った僕たちはようやく村に案内された。広い敷地に沢山の畑が点在している。ここは農業を生業としている村らしい。いくつかの畑には巨大な穴が開き、いくつかの家は壁が崩壊していた。明らかに何かがあった、そう思わざるを得ない状況だ。アモがいなかったら追い返された可能性が高そうだ。時折家の中から僕たちを観察するような視線が感じられる。
「さぁ、どうぞ。こちらへ」
村外れにあるその家は幸いにして被害はほとんどないようであった。
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