#04 落陽の村、ビギ(07)

 「何もありませんが」

 そう言ってお母さんが出したのは、蒸かした芋や野菜を炒めた物だった。本当に何も無いのだろうと感じさせる物であった。

 しかし、僕たちは違った。何しろ、ここ数日粗末な物しか食べていなかった育ち盛りの中学生である。もう今にも口からよだれがあふれそうだ。

 「あの……これ食べても良いんですか?」

 僕が尋ねると、お母さんは「どうぞ」と遠慮がちに言った。僕と夏美さんは眼を合わせ、頷くと声を揃えて「いただきます!」と叫んだ。その声にビクつくお母さん。そしてすぐ呆然とした顔になった。

 「美味い! 美味いよ!」

 「あぁ、お芋がこんなに甘いなんて」

 これまで粗末な食事しか採っていなかった僕たちだ。何を食べても美味しいに決まってる。塩や砂糖で味を調えただけでも夢のようなご馳走なのだ。しかしこれはそれだけではない。採れたての新鮮な野菜というのは都会に住む現代っ子にとっては未知の体験。

 「あー、ずるい勇司くん! それ私のっ!」

 「へへん、早い者勝ちだもんねっ!」

 誇張でも何でもなく奪い合うように食事をする僕たちを見て、ついにお母さんは吹き出した。

 「くすっ。まだ沢山ありますからね、遠慮なく食べてくださいね」

 「はい! ありがとうございます!」

 お皿を持って台所に下がろうとするお母さんの脇をすり抜けてアモが入ってきた。

 「あ、こら、いけませんよ」

 「ナツミちゃんと遊ぶのっ!」

 一直線に夏美さんの正面の席に駆け寄り、嬉しそうに話しかける。

 「美味しい?」

 「うん、こんな美味しい食べ物なんて初めて」

 得体の知れない僕らに自分の愛娘を接触させたくはなかったのだろう。しかしこのアモの笑顔を否定できる者はいない。お母さんはひとつ溜め息をついて台所に戻っていった。

 「はい、お待たせ」

 ドンと、さっきの倍はあろうかと思われる芋が眼の前に置かれると、僕たちはあっという間に平らげてしまった。

 「ご馳走様でした」

 「本当、美味しかったです!」

 「あれだけ美味しそうに食べてもらえると作る方も張りが出るわよ」

 お母さんはアモを膝の上にのせて僕たちが食べるのを笑って見ていた。そして、少し表情を曇らせて言葉を繋げた。

 「……ただ、こんな事は言いたくないのだけど、あなたたちは何者なの? 食事も美味しいからと言うよりも、数日ぶりに採ったものにしか見えなかったし」

 僕は前で手を振って否定した。

 「あ、いえ。そんなことはありません。とっても美味しかったです。……というか、話の争点はそこじゃないですね」

 お母さんはこくりと肯いた。タイミングを合わせるように扉が開き、袋を抱えた男性が家の中に入ってきた。

 「その話、私も聞きたいものだな」

 袋を乱雑に放り投げると、彼は僕を睨み付けながら正面に座った。

 「あ、あなた。お帰りなさい」

 僕は夏美さんと視線を合わせると、彼女は了解したとばかりにうなずいて立ち上がった。

 「ねぇ、アモちゃん。お部屋見せてくれるかな?」

 「うん!」

 アモはピョンとお母さんの膝の上から飛び降り、夏美さんの手を引いてドアに向かっていった。お母さんはその様子を眼で追いかけていたが、男性は僕を睨み付けたままだ。

 カチャ。

 ドアが閉じると、一気に空気が重くなった。そして、男性は重い口を開いた。

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