#08 赤キ魔女(11)

 私は水に浸かっていた右手を頭上に高々と掲げあげる。コーディの身体を包むかのように水が、らせん状に舞い上がる。そして精神を上空に集中し、巨大な水球を作り始めた。グングンと舞い上がる水が集まり、水球はあっという間に大きくなる。急激な水の流れで足下の嵩が低くなる。

 「今だっ!」

 私は水の魔法を停め、左手に作っていたファイアーボールを打ち上げた。巨大な水球に火球が激突すると大爆発を起こし、水は一気に蒸発した。火球の威力が及ばなかった水は四散し、辺りに一時的な小雨を降らせた。

 「まずは……成功だね」

 「ナツ! 次が来るよ!」

 「分かってるっ!」

 すぐさま左手でファイアーボールを作り、右手で水を打ち上げた。そして同じように巨大な水球を火球で蒸発させた。その威力はすさまじく、爆発のたびに地面を大きく揺らした。流れ来る水に直接ファイアーボールをぶつけていたら、周りに大きな被害を与えていたに違いない。私はひたすら水と炎の魔法を打ち続けた。

 「……っく。ナ、ナツ……がんばれ!」

 コーディの声が苦しそうになってくる。かなりの負担がかかっているのだろう。

 ついに私が魔法を使うたびにコーディの身体にダメージが入り始めた。姿勢が崩れ、腕にヒビが入り、魔法力も落ちていく。

 ここで誤算が起きた。

 上空に四散した水蒸気が段々と集まって雨雲を作り始めたのだ。そして、無情にも本格的に雨が降り始めた。広い範囲に強い雨が降っているが、それでも洪水よりはマシだ。私も、コーディも、ひたすら辛いルーティンを繰り返し続けた。

 そして、ついに水の嵩が減り、魔法弾を撃つ必要がなくなった。

 ズン!

 コーディの身体が前のめりになる。もう全身ヒビだらけで形を保っているのが不思議なくらいだ。

 「ナ……ツ……」

 コーディの胸が開き、私は地面に投げ出された。

 「……コー……ディ」

 コーディはその巨体を支えきれずに地面に崩れ落ちた。彼は私の身体を潰さないよう避けることで精一杯だった。私は地面を這ってコーディの元に行き、彼を宝石形態に戻す。

 「ご……めんね……コー……ディ。で……も……ありが……とう……」

 普段ならゆらゆらと動く二本の紐がぐったりとしたままだ。

 「ナ……ツ……に……げろ」

 「むり……、もう……身体が……動かない。で…………も、わず……かに残った力で……。あ……なたに通る……か、分から……ないけど」

 私はコーディを握りしめ、彼に回復の魔法をかけた。幸いなことに彼にも通じるみたいだ。ただ、私の魔力がほとんど無くなっている今、ほんの気休めでしかないけれど……。

 そして、あいつがやってきた。

 絶望色の翼を広げランペットがその地に降り立った。そして胸の扉が開き、ギルトが降りてくる。もう、指一本だって思うように動かせやしない。

 「やってくれたな、貴様!」

 ギルトは私の胸ぐらを掴み、軽々と釣り上げた。

 ドスッ!

 ギルトのパンチが顔に当たる。すさまじいパワーで私は礫のように吹き飛ばされる。

 「貴様のせいでっ! アタイがこれまでどれだけ苦しめられたか。こんなっ、こんなっ弱っちい女のために。アタイを置いていった女のために!」

 私には謂われのない言葉だが、反論する力もない。そのひと言ひと言を、重いパンチやキックに乗せてくるギルト。もう、痛みも感じられない……や。それが幸いして、私は手に持っていたコーディを水の中に落としてしまう。ギルトは気付かずに私への攻撃を続けている。

 「はぁ、はぁ、はぁ。……しかし、あんたがコーディオンの秘密を知っていたとは……。これでお兄様にも喜んでもらえる。ありがとう、お・姉・様」

 消えゆく意識の中、ギルトのニヤリと笑う顔だけが見えた。

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