#05 白銀のコーディオン(10)

 「姉? 私が?」

 「そうだってさ。小さい頃は見分けがつかないくらいそっくりだったってよ。このギルトとルティお姉様は」

 何を言ってるのかさっぱり分からない。こいつ……ギルトと私が姉妹だなんて。でも否定する材料がなさ過ぎる。私は自身の出自が分からない。そっくりな顔。そして……。

 もはや蛇ににらまれた蛙も同然。ゆっくりと歩いてくるギルトに私は抗することができない。ギルトの背後には食事を済ませた蟻人間たちが並ぶ。逃げられない……。私はアモちゃんを抱いたまま、ずるずると後ろに下がる。そして家の壁にぶつかり、退路が断たれてしまう。

 恐ろしい。

 近づいてくる悪夢に恐怖する私は腰を抜かしてしまったようだ。世界記録を視野に入れたトップアスリートのこの私が、だ。腰は身体の中心。つまり身体全身に力が入らないということを初めて私は悟った。精神集中する余裕などありはしない。私は眼を強く閉じた。

 「……勇司くん」

 うにゃーっ!

 その声に顔を上げると、ギルトの顔面にくろにゃあが取り付いていた。

 「離せ! このクソがぁ!」

 ギルトが暴れるのを子猫は上手に避ける。そして屋根から物音がすると、私の上を何かが横切った。

 「ふんっ!」

 ブンっと音を立て剣が振り降ろされる。しかし、ギルトは地面を転がり回避行動を取る。

 「大丈夫か? ナツミ」

 私とギルトの間にひとりの男の人が立っていた。その見慣れた背中が今日は大きく見える。

 「パトル……さん」

 「みんな避難してるからな、お前も逃げろ」

 奥にいるギルトの横腹が裂け、鮮血が流れている。この機を逃すまいとパトルさんが猛攻をかける。

 「よくもやってくれたなぁ!」

 ギルトは怒りの声をあげ、パトルさんの振り下ろす剣を右手で掴む。力比べの様相を見せ、パトルさんの両腕がブルブルと震え出す。余裕のギルトはニヤリと笑い、左手を高く上げる。

 「絶対凍結ッ!」

 それは一瞬だった。小刻みに震えていたパトルさんの動きが完全に停止した。そう、ギルトの魔法で凍り付いたのだ。ギルトは笑いながら両手を離す。

 「あっはっは。どうだい、アタイの魔法は。一瞬にして氷結しちまった。そうだ! チャンスをやるよ、炎の魔法使い。こいつに同レベルの炎の魔法をぶつければこいつは生き返ることができる。しかし、すこしでも弱い魔法だととどめを刺すことになる。強くても駄目。まぁ、それはありえないことだけどな。チャンスは一度、どうする?」

 ニヤニヤ笑いながらギルトが言う。その魔力は、私の渾身のファイアーボールを軽々と凍らせるほどだ。とても通用するとは思えない。

 「ほらほら、時間が経つと復活できる可能性が減ってくよ、あっはっは」

 やってもやらなくても同じなら、やってみよう。その可能性は低いけれど。私はアモちゃんと横に寝かせ、起ち上がった。

 「ナツミちゃん……」

 「……やってみる、アモちゃん」

 両手に精神を集中させ、ファイアーボールを作り始める。

 「ずいぶんとのんびり屋なんだね、お・姉・様。もっと急いだほうがいいよ。アタイはもう飽きてきちゃったよ。くっくっく……」

 何とでも言え。私は精神を充分に練って、これまで作ったことのないサイズのファイアーボールを作り上げた。

 よし! これならきっと。私がファイアーボールを放とうとした瞬間。

 パリーン。

 ギルトがパトルさんをチョンと突っついた。氷のパトルさんは力なく、そのまま地面に激突し、砕け散った。

 「くっくっく……。あーはっはっは」

 ギルトは腹を抱えて笑い出した。

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