#10 ふたりだけの軍隊(07)

 厚みのある窓から身体を乗り出すと、そこはただ空が広がっていた。地面は遙か彼方だ。そしてかなり風が強い。何らかの仕組みで室内に吹き込まないようになっているようだが、その原理は分からない。下を見ると、とてつもなく長い柱のような所に私はいるらしい。いや、すこし手前に飛び出しているのか。さらに視線を下げると、ランペットが何かと対峙していた。その何かはここからでは見えない。

 逢いたい!

 すぐそこに彼はいるのだ。今すぐ。変な考えは吹き飛んでしまった。私は彼に逢うために行動してるのだ。

 一度、部屋の中に戻り、周りを見渡す。

 「なによ、随分と待遇が違うじゃないの」

 雑に丸められた毛布があった。私は薄い服一枚で鎖に繋がれていたというのに。そして反対側の牢は無人だが、やはり毛布が折りたたんでおいてあった。

 私は無人の牢をいくつか探し、そこから毛布を回収した。意外に丈夫そうなので縦に引き裂き二枚にし、それらをつなぎ一本のロープを作る。

 「これくらいあれば足りるか」

 急いで鉄格子にロープの端を括り付け、外に放り投げる。そして強い風の中、私はロープを伝い下に降りる。

 「……いた」

 勇司くんだ、勇司くんだ、勇司くんだ!

 海老反りに反った身体から一気に剣を振り、ランペットに切りつける。

 「すごい……」

 魔力を持たない彼が、圧倒的力を持つギルトに抗している。どうやら凍り付いた足を逆手にとったらしい。傷ついたランペットはここから離れていく。

 「チャンス! どうにかして、こっちに気付いてくれないかな?」

 こちらからの声は届かない。急に風が強くなり吹き飛ばされそうになるので、慌ててロープにしがみつく。振り子のように揺れると、視界が青空だけになる。

 「そうだ!」

 私はポケットに手を入れ、“お守り”を取り出す。これは、私にこの世界で生きる希望を与えてくれた紙だ。そして勇司くんと引き合わせてくれた紙。

 これは勇司くんがこの世界に来て、ばらまいた英語の教科書の一枚。私にとって、これを拾ったことが全ての始まりだったのだ。この紙でこの世界に同胞がいることを知り、今に繋がっている。

 私は足でロープを挟み、教科書で紙飛行機を折り始める。この世界では珍しい存在であるこれなら、私だと分かってくれるはず。正直、こんな小さな紙飛行機、勇司くんたちが気付いてくれる確率はゼロに近いと思う。それでも……やらないよりマシだ。そして完成したその時、奇跡が起こった。

 「風が止んだ……」

 今しかない! 私は紙飛行機を投げる。

 「お願い! 気付いて!」

 紙飛行機は大きく旋回して空を舞う。まだ気付いてくれない?

 「なら!」

 私はギルトに引き裂かれた服を脱ぎ、旗のように振りはじめた。

 「おーい! 勇司くーん! 勇司くーん」

 服は大きく風になびき、私の身体を揺らす。そして紙飛行機はゆっくりとコーディの近くまで飛んでいった。

 「に、にーちゃん! あれ」

 コーディの声がする。気付いてくれた。顔がこちらに向く。私を見てる。やった! 今、私たちは再会したのだ。

 紙飛行機は役目を終えたと判断したかのように上昇し、青空に吸い込まれていった。

 「ありがとう……。本当にありがとう」

 もう、“お守り”に頼ることはできない。これからは私自身で全てを乗り越えていかないと。

 ガクン。

 急に私の身体が十数センチほど落ちる。上を見ると急造ロープが切れかかっているのが見える。

 「まずい!」

 慌てて昇ろうとするとそれが引き金になったのか、ブチッと大きな音を立ててロープが切れた。

 「あ……」

 私の身体は、何もない抜けるような青い空に投げ出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る