#02 水の少女(03)

「……あれ、ここはどこだろう?」

 私は気を失っていたらしい。眼を覚ますと周りは知らない空間だった。

 「……確か、私、森の中で……、トカゲ人間に追い詰められて」

 そうだ! 思い出した。私は崖から落ちて……、それで……。

 いきなり顔が火照ってきた。そう、私はいきなり男の人を思いっきり抱きしめたのだ。それも……。

 私は頭をブンブンと振って自分を誤魔化した。そんなことよりも現状の把握だ。今、私は球体状の空間にいる。周りは不思議な機械で囲まれていて、まるで未来のコンピュータルームといった趣だ。周りを見渡しても誰もいないし、出口らしき物が見当たらない。あまり大きくない空間の中央に椅子が一脚あるだけだ。

 「あっ!」

 椅子の上には私のスポーツバッグと一枚のメモが残されていた。


 すぐ戻ります。待ってててください。椅子には絶対に座らないように  勇司


 「勇司……じゃあ、やっぱりあれは谷川くん!?」

 私を助けてくれた彼は、確かに赤葉中の制服を着ていた。けど、彼にあんな不思議な力があるとは思えない。でも彼に助けられたのは、紛れもない事実だ。

 あらためてあの時を想い出す。空中で彼につかまり、思いっきり抱きしめ、抱きしめられたのだ。顔が思いっきり火照ってくる。緊急事態だったとはいえ、私ってなんて大胆な。

 「でも……」

 ガコン。

 「彼の胸、結構たくましかったな……」

 「あ、気がついた? 急に意識を失うから心配したよ」

 振り向くと彼がそこにいた。突然、球体の扉が開いていたのだ。

 (き、聞かれた?)

 もうっ爆発しそう。とてもじゃないけれど、今の顔を他人に見せられない。私は顔を隠しながら椅子の後ろに隠れた。

 「ああ、もう大丈夫。ここなら安心だから」

 私が警戒していると彼は勘違いしているようだった。顔の火照りが収まってきているのを確認した上で、深呼吸を二度ほどしてから私はそっと椅子の影から顔を出した。

 「えっと、清井 夏美(きよい なつみ)さん……だよね?」

 彼は恐る恐る声を掛けてきた。私が脅えているように見えたので、扱い方が分からなくなっているようだった。

 私は黙ってコクリと頷いた。

 「だよね。学校一の有名人とこんな所で会えるとは思わなかったよ。えっと、僕は……」

 「谷川くん……だよね」

 「へ? 何で僕の名前を?」

 私は黙って彼の胸を指さした。谷川くんは野球部の練習ユニフォームに着替えていて、その胸にはマジックで名前が書かれていたのだった。

 「あ、そうか。これは気づかなかったよ」

 満面の笑みで返す彼を見てると、私もつい吹き出してしまう。そんな私を見て彼もより大きな笑い声をあげる。終いにはふたりで大声を出して笑っていた。話し相手がいる。これがこんなに幸せなことだとは思わなかった。

私たちは互いに涙を流しながら笑っていた。うれしくて涙を流したのは生まれて初めてかもしれない。


 「あー、久々に笑ったよ。あ、とりあえずわき水汲んできたから。飲むだろ?」

 谷川くんはポンとスポーツドリンクを入れる水筒を投げてよこした。タプン。久々に聞く水の音。でも、これって……。

 (間接キスじゃないの)

 そう、スポーツドリンク用の水筒はストローが付いていて直接飲むタイプなのだ。私は彼の視線が外れた時を見計らって、ストローを口にした。

 ああ、久々のちゃんとした水分。身体の疲れが流されていくような気がしてきた。私は生きている、あらためてそれが実感できた。

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