#10 ふたりだけの軍隊(08)
*
夏美さんが落ちていく。真下にファイアーショットを撃って上昇を試みるが、すでに大きく流されてロープに届かない。更なる軌道修正を試みるが、上空の風はコロコロ変わる。単発の火球であるファイアーショットでは細かな調整ができないのだ。
「まずいよ、にーちゃん。このままじゃナツの精神力が持たない!」
「コーディ! 僕の声を外に繋いでくれ」
「オーケイ。いけるよ、にーちゃん」
僕は思いっきり息を吸った。そしてありったけの声で叫ぶ。
「夏美さんっ! 来いっ!」
声が届くと、すぐさま夏美さんは両手、両足を広げ自由落下を始めた。その間、ファイアーショットを撃って、こちらに近づくように調整をしながら。
「まったく、ウチの姫様は無茶をなさるからな」
僕も彼女にタイミングを合わせ水平にジャンプをする。
「にーちゃんだって人のこと言えないよ」
そう言うコーディの声にだって非難の響きはない。
まだまだ地面までは距離がある。両手を広げ速度を落とす。巨人と少女の空中ランデブーだ。ふたりの視線が合う。夏美さんは……笑ってる。眼に光る物を浮かべて。ファイアーショットを撃ちながら正面に移動しようとするが、上手くコントロールできない。僕は手を広げ、下にトントンと下げる。もう、魔法は止めてくれという意思表示だ。夏美さんは魔法による位置調整を止め、手を伸ばす。コーディも巨大な手を伸ばす。が、まだまだ遠い。
「これならどうだ」
左手に剣を握り差し出すが、あと一息。まだ届かない。
にゃーにゃーにあ。
突然、くろにゃあが叫ぶ。
「頼むぞ、くろにゃあ!」
言葉が通じないふたりの阿吽の呼吸。僕が胸の扉を開けると同時にくろにゃあが飛び出した。腰にはロープを付けたまま。器用にコーディの右手を踏み台にして左肩を抜け、腕を伝い、左手を駆け抜け、剣の上を全力疾走。勢いを保ったまま剣先からジャンプ! 小さな身体は大きな弧を描いて飛んでいく。風に流されるくろにゃあ。夏美さんは慌てて左手を伸ばすが届かない。が、右手からファイアーショットを放ち、勢いよく移動し、左腕にロープを絡ませ、くろにゃあを引き寄せる。
「くろにゃあ!」
夏美さんが抱きしめ、喜びの声をあげる。夏美さんがロープを握ったのを確認した後、コーディの左人差し指を立ててロープを絡ませる。そして、右手でロープをポンと引っ張り、身体全体で大切な宝物を受け止めるように夏美さんを受け止める。彼女は見事、左手の甲に着地した。
「勇司くん!」
「おう!」
僕は右手を突き出した。それとタイミングを同じくして夏美さんは自分の右手をコーディに置いた。
「おおっ!」
ものすごい力が急激に右手にたまっていくのが感じられる。これは、ヤバい。焦りを感じた瞬間、放たれるファイアーショット! 視界全体が炎に包まれる。その威力に右肩が抜けそうだ。そしてすぐさま背中全体に走る衝撃。ファイアーショットの反動でコーディの身体が押し戻されたのだ。塔に叩きつけられ、そのまま壁をぶち抜く。慌てて左手を右手で覆う。青空から一瞬にして部屋の中。上から何やら大量の資材が降ってくる。左手を絶対死守するため、背中を丸めた。
資材の雨が止むのを確認して、恐る恐る身体を起こす。ガラガラと周りに大量の資材が蓄積していく。結果、ゴミ置き場の中心に、座り込んだ巨人がいる構図となった。
「痛ててて……。夏美さんは!」
僕は眼を開けコーディの制御権を明け渡す。胸のドアは開いたまま。まっすぐに伸ばした足の上には大量の資材が乗っかっていた。あたりはただ、静寂が支配していた。眼の前には、左手をコーディの右手が覆っているのが見えるだけだ。
「夏美……さん?」
塔の壁は自己修復が効くのか、急速に穴が塞がり始めていた。
「夏美さん!」
僕は堪らずコーディから飛び出て、右手に向かう。外の光がどんどんと消え、ついに見えなくなり、薄暗い室内光だけとなった。
「あっ……」
命綱であるロープが焼き切れていた。
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