#04 落陽の村、ビギ(01)
温泉の日の夜は、突然ひどい豪雨になった。
近くに洞窟を見つけた僕たちは雨ざらしになる不運は避けることができた。雷が鳴っているわけでもないのに必死に耳を塞ぐ夏美さんがなんだか可愛かった。
翌朝、嘘のように空は晴れていた。いつものように川に行くと、昨夜の雨で増水していた。
「うわぁ、これはまずいわね」
川の水は濁り、勢いが増してとても入れそうにない。川の水は僕らの生活を支えるもの。この場に留まることは命に関わる恐れがあるということだ。
「夏美さん、急いで目的地に向かおう」
僕の呼びかけに夏美さんは応えない。ただ上流の方をぼーっと見つめている。
「にーちゃん、誰かが!」
コーディの叫びと共に夏美さんが駆け出した。その先を見ると……人だ。それも小さな子供。この激流に流されている。僕が状況を把握するよりも早く夏美さんは体操着のまま川に飛び込んだ。
「馬鹿! 服を着たままじゃダメだ!」
僕は思わず叫んだ。服を着たまま泳ぐことは予想以上に水の抵抗が加わるため危険なのだ。それを知らない夏美さんじゃないだろうに。
僕はコーディを首から外し、いつでも投げられるようにして夏美さんと並走を始めた。この激流をものともせず泳ぐ彼女は流石だ。あっという間に子供の側にたどり着いた。
「コーディ、夏美さんの位置を把握しておいてくれ!」
「うん、大丈夫!」
夏美さんが近づくと、子供は彼女にしがみついてきた。結果として彼女の動きを封じることになった。窮した夏美さんが大きく息を吸い込むのが見えた。そして子供を強く抱きしめると川の中に姿が消えた。
「にーちゃん! ナツが!」
「大丈夫だ! しっかり水面を見てろ」
僕は叫びながら同じ速度で下流に走り続けた。待てど待てど、夏美さんは浮かび上がってこない。僕は最悪の事態を覚悟した。
「……コーディ、すまないが身体を展開して川から夏美さんを探して……」
僕の言葉を遮るようにコーディが叫んだ。
「にーちゃん! ナツだ!」
強い流れの中、夏美さんが子供を抱いたまま顔を出した。少し下流に流されているけれど無事みたいだ。
「よしコーディ、頼むぞ!」
僕がコーディを投げると、水面を切るように弾んでいき、夏美さんの元に着いた。すぐさま彼女の背中に貼りつくと、高々とジャンプして彼女の身体を一度宙に浮かせた。彼女の腕に溺れた子供の姿が確認できる。そして水面をピョンピョンと跳ねるように川岸まで運んだ。
「よくやった、コーディ! 大丈夫、夏美さん?」
僕は安堵して彼女の元に駆け寄った。しかし彼女の表情は強ばったままだ。その場に子供を寝かすと心臓に耳を当てる。
「まずい! 息してない。勇司くん、人工呼吸のやり方分かる?」
「い、いや」
すると、彼女はコーディを外して僕に投げた。
「私の荷物の中に保健体育の教科書があるから持ってきてくれる?」
そう言うと子供の姿勢を直し気道を確保した。どうやらある程度の知識はあるが自信がないといったところなのだろう。僕は急いでコーディの身体を展開し、中に入って保健体育の教科書を取ってきた。
「ありがとう。たぶん、20章あたりに人工呼吸のやり方が書いてあると思うから読み上げてくれる?」
夏美さんは我流の人工呼吸を行いながら僕に指示を出した。僕が読み上げると、わずかに違ったやり方を修正し、人工呼吸を継続した。
「ごめんな、コーディ。お前を休ませる約束、また破っちゃったよ」
「仕方ないさ、にーちゃん。人の命がかかってるんだから。それより、後で話があるんだけど良いかな?」
「ん、分かった。……夏美さん、代わろうか?」
「ありがとう! もう少し頑張る」
胸の圧迫運動を繰り返しながら彼女が答える。教科書によると、30分くらいかかるケースもあるらしい。まだ諦めるには早い。
ギャース!
「な、なんだ?」
突然、奇怪な叫び声が響き渡った。
「まずい、にーちゃん。おいらたち狙われている!」
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