#04 落陽の村、ビギ(10)

 パトルさんの家にお世話になって3日目。まだ夜明けには早い時間。眼を覚ますと夏美さんが起きていた。

 「眠れないのかい?」

 僕が声を掛けると黙って僕に背を向けた。珍しい。何もせずにいる彼女を見るのは初めてかもしれない。眠れない時でも教科書を読むなどして時間を潰す人なのに。

 やがてノックの音と共にパトルさんが部屋に入ってきた。

 「起きてたか。ちょうど良い」

 彼は魔法の火でランプを灯すと僕たちの前に大きな紙を広げた。それはこの辺りの地図だった。

 「私には難しいことは分からないが、お前たちは元にいる世界に戻りたいのだろう。だったらミドの街のザドという方を尋ねてみると良いだろう。彼ならきっと力になってくれるはずだ」

 彼は小さな村から大きな街に向けて指を動かしながら言った。唐突な話に僕らは面食らう。

 「それはありがたい話なんですが、何で今?」

 パトルさんの表情が険しくなる。

 「もうすぐ軍が来るらしい。先日も何か捜し物をしていて、日をおかずに来るということは……狙いがお前たちである可能性が高い」

 「何で僕たちが!?」

 「それは分からん。勘違いであることを祈るが……もしお前たちが目標であった場合、情けないが私にお前たちを守る力はない。しかしザドなら何とかしてくれるはずだ。もう少し時間があればお前たちにもっと色々と教えてやれたのだがな……」

 ……だから、あんな忙しい毎日だったのか。考えてみれば、夏美さんには食べ物の知識や調理方法など、僕には剣術や罠の作り方など駆け足でレクチャーしてくれていた。

 「これはユージへの選別。これはマカロからナツミへだ」

 僕には短剣と胸当て、そして手を保護する小手が、夏美さんには小さな鍋や調味料といったセットが渡された。

 「さあ、急いで! 日が昇る前に出発するんだ」

 パトルさんが声を上げると、夏美さんが言った。

 「あの、最後にアモちゃんに挨拶させて貰えませんか?」

 「……ダメだ。今、会えば別れが辛くなる。それにアモはお前を離さないだろう。悪いが黙って出て行ってくれ」

 「でも! アモちゃんはあんなに……」

 「頼むっ!」

 夏美さんの頼みを断ち切るようにパトルさんは頭を下げた。

 「失礼します! お世話になりました」

 睨み付け、言葉を吐き捨てるように挨拶すると夏美さんは外へ出て行った。

 「すみません。彼女、本当の妹が出来たようにアモちゃんを可愛がってましたから」

 「いや、こういう言い方しかできない私を許してくれ。そしてお前たちが元の世界に戻れることを心から祈ってるよ」

 そう言うと彼は握手を求めてきた。

 「本当ありがとうございます。あなた方の事は決して忘れません!」

 名残惜しいが、パトルさんの配慮を無駄にする訳にもいかない。僕は家を後にした。


 薄闇の中、夏美さんは立って空を見あげていた。

 「私、何てことを。あんなに親切にしてくれたパトルさんにあんな失礼な事を言って」

 「パトルさんは分かってるさ。行こう、ミドの街へ。そして無事に着いた事をパトルさんに報告する。それが今、僕たちにできることだよ」

 陽が昇り始めた。

 わずか数日の出来事だったけれど、僕たちはこの世界で初めて幸せな時間を過ごしたのだ。泣きじゃくる夏美さんの肩を抱いて、新たな一歩を歩み始めた。

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