#09 孤独の塔(09)

   *

 ………………………………………………。

 とりあえず4分33秒ほど黙ってみた。でも何も起こらないし、誰も来ない。

 「……当たり前か」

 真っ暗で何も見えない世界。仕方ない、また筋トレでもやるか。幸か不幸か分からないけれど、私は手だけが短い鎖に繋がれている。最初は懸垂に挑戦したのだけど背中が壁に擦れて無理。服がボロボロになっちゃう。服といってもあいつらが用意した袋に穴が開いた程度のものだけど。でも、ぶら下がったままでの腹筋運動や腰をひねることはできるのだ。

 「48、49、50……」

 眠って、起きて、筋トレして、監視役の話に聞き耳を立てる。とても乙女の日常に思えない。けど、それ以外にやれることがないのだから仕方ない。

 「98、99、 300、1、2……」

 トレーニングは一日に行う適切な量があるけれど、今の私にはその感覚が分からない。形は筋トレだけど、実際には魔力トレーニングだからあまり疲労がたまらないのもその一因。私のパワーの源は体内の水。これを上手くコントロールすることによって体力の回復はもちろん、パワーアップも行える。いわば魔法筋肉といったところか。このトレーニングは身体を鍛えるというよりも、魔力の効率的な使い方を極めるという方が正しい。

 この部屋の壁は魔力を吸い取って輝く仕掛けになっているらしい。ただし、私の体内で魔力を上手に働かせた場合は光らないことが分かってきた。他のスポーツはあまりよく知らないけれど競泳の場合、力任せに水をかいても早く泳げない。むしろ、いかにして力を抜くかが重要だ。必要な所だけにピンポイントで必要な力を入れ、その他は力が抜けているのが正しいのだ。余計な所に入った力は妨害にしかならない。

 だから一度とことん疲れるまで泳ぐのだ。そして疲れた時のフォームが本当の自分の泳ぎだ。逆に言えば、疲れた時に正しいフォームで泳ぐように身体が覚えればしめたもの。タイムがグングン伸びていくのだ。

 今の私は筋トレでこれをやっている。ちょうど光る壁が無駄な魔力の使い方を教えてくれるので学習は楽だ。ただし壁が光ると一気に魔力が削られていく。逆に考えれば、これほど魔力の制御の訓練に適した場所はない。重力の変化が起きるまで、この部屋には誰も入ってこないし、私に接触するのはアドちゃんだけだ。おかげでトレーニングで汗をかいても気付かれない。

 最初は苦労したけれど、一度身体が覚えると簡単だ。パワーが上がっていくだけでなく、体力や怪我の回復も早くなっていく。もっとも水泳中毒者(スイムホリック)の私にとってスタミナは欲しいけれど過剰なパワーはいらない。いらないのだけど……今はそれどころではない。

 今やっているトレーニングはかなりハードなものだと思うのだけど、私の息は全く乱れない。力が湧き出る感覚とはこういうことを言うのだろう。私は見張り役のふたりが言うようにバケモノに近づいているのかもしれない……。

 「あっ。時間だ」

 重力の変動を感じる。まもなくアドちゃんの来る時間だ。

 ズズッ……ズズッ……。

 扉が開き、アドちゃんが足を引きずりながら入ってきた。私は気絶したフリをする。そしてアドちゃんは一度部屋を出て行き、また戻ってきた。

 バシャッ!

 バケツの水をかけられて、私は眼を覚まし、暴れ、罵声を浴びせる。もちろん演技だ。このやりとりで私は大量の水を得ることができるし、扉も開けっ放しなので大量の魔力が流れ込んでくる。アドちゃんが時間を稼いでくれるうちに、魔力をできるだけ取り入れるのだ。余裕があれば鎖で擦れた手首の傷も治す。

 (……誰?)

 気のせいか……。たまに誰かの視線を感じることがあるのだ。もちろん、監視役ではない。彼らは私をどう扱っていいか分からないらしく、極力係わらないようにしているのだ。こんな所に閉じ込められて、どこかおかしくなっているのかもしれない。気をしっかりもたなきゃ。

 そしてアドちゃんに食事を口に運んでもらう。味なんかどうでもいい。今は耐える時。私は生き延びるんだ。そして……。

 (もう少し待ってね、ミちゃん……)

 アドちゃんが見張りに聞こえないよう、小声で囁いた。

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