#05 白銀のコーディオン(07)

   *

 コーディから飛び降りた私は一目散に村を目指す。アモちゃんとマカロさんが追われて様子を見た時から嫌な胸騒ぎが止まらないのだ。大丈夫。勇司くんとコーディなら負けることはない。

 久々に全力で走る。この世界に来てから適切なトレーニングができないでいる。なのに今の私は絶好調、いや絶好調を遙かに超えている。身体の重さをまるで感じない。恐ろしいほどのスピードで走れ、息切れも全く起きない。魔法を取得してから私の身体能力は異常に増加している。以前から大会などで精神集中することで練習以上の実力を発揮することはよくあった。そう、勇司くんにも話した理想の自分とのシンクロがうまくいった時だ。それが今、常時シンクロしているような状態なのだ。むしろ最近はそちらに引っ張られているように感じられる。魔法使用による精神集中が多いからだろうか? それとも……。

 とにかく今の私は力やスタミナはもちろん、視力や聴力も異常に増している状態だ。体力測定したら驚異的な数値を軽々と叩き出すだろう。二人旅の時はこの視力、聴力で安全なルートをとることができた。コーディの操縦席からアモちゃんの姿を私は捉えることができたが、恐らく勇司くんには分からなかっただろう。それでも信頼して私を行かせてくれた。

 彼は私の変化に気づいているのかしら? 

 もし気づいていても口に出して言わない性格だと思う。そして、私は、それを確かめることが怖い。今、この世界で私と勇司くんは〝ふたりぼっち〟だ。受け入れてくれれば良いけれど、たぶん受け入れてくれるとは思うけれど、万が一にでも拒絶されるのが怖い。

 正直、ひどい生活だったけれど辛いだけじゃなかった。勇司くんはもちろんアモちゃんも、アモちゃんのご両親もとても暖かく接してくれた。小さな家だったけれど、帰宅すると暖かみを感じるというのは初めてだった。冷え切った清井家とは正反対。だから、だからこそ……。

 にゃ、にゃあ。

 「あら」

 いつの間にか私の前にくろにゃあが走っていた。私に着いてきたのだろう。こっちに来いと言わんばかりに先導し始めた。

 「頼むね、くろにゃあ」

 にゃあー。

 目前に迫った村は戦場だった。あちこちから火の気があがり、家は破壊されている。ただ、村の人は避難したらしく被害者は見かけない。アモちゃんたちは逃げ遅れたのか、それとも……。

 「おまえなんか、ナツミちゃんじゃない!」

 アモちゃんの声が聞こえる。まだ無事だ。先行するくろにゃあが前方の角を曲がった。私も急いで追いかけると、そこにアモちゃんとマカロさんががいた。ふたりは燃えさかる炎の手前、手をつないで逃げ道を探している最中だった。v

 「アモちゃん!」

 「あ、ナツミちゃん!」

 手を離し、こちらに走り寄るアモちゃん。私も思わず駆けよって抱きしめた。それは強く強く。

 「あー、ナツミちゃん、ナツミちゃん」

 「ごめん、ごめんね」

 続いて私の方に駆け寄るマカロさん。が、次の瞬間、背中を押されるように前に倒れ込んだ。

 「マカロさん!」

 勢いを増す炎の中、ひとりの男の姿が入ってくる。

 「けっ、手間ぁかけさせやがって」

 面倒くさそうに言う男は、マカロさんの後ろに落ちているハンマーを拾い上げた。恐らく、あれをぶつけられたのであろう。マカロさんの背中は変な方向に曲がっていた。激痛に歪むその顔は、私を見つけると優しそうな表情に変化した。そう、昨日まで何度も見せてくれたあの微笑みだ。そして何か言おうと口を開けた瞬間……。

 「いやーーーっ! やめてーーーーーー」

 グシャ!

 男の持つハンマーがマカロさんの頭上に振り下ろされた。その衝撃は彼女の最後の言葉を奪い、真っ赤な衝撃だけが飛散した。

 私は動けなかった。

 アモちゃんの視界にそれが入らないように強く抱きしめるのが精一杯だった。

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