#05 白銀のコーディオン(08)

 「わあああああああーーー」

 状況を察したのか、アモちゃんが私の身体にしがみついてくる。

 「ほう、面白いことになってるじゃないか」

 紅蓮の炎の中、若い女の声が聞こえてくる。アモちゃんを抱きしめたまま、その方角を見ると人の影が浮かんでくる。

 「へっへ、姉さん。ガキはここにいますぜ。それより……」

 マカロさんを撲殺した男はハンマーを肩に担いだままこちらを見ている。その表情は怒りではなく、単に面白がっているように感じられる。

 「ああ、まさかこんな田舎にいるとはな」

 ゆっくりと、確実にその影はこちらに近づいてくる。燃えさかる炎は襲いかかることなく、それを避けているように見えた。

 「あ、あぁ……そんな」

 思わず私は声を漏らす。アモちゃんが叫んだ言葉が今、理解できた。

 それは女だった。私と同じくらいか、少し年上の。背はすこし高く、豊かな胸が女性的なラインを強調していた。そしてそれに相反する驚異的に発達した筋肉を、身体に密着する真っ赤なボディースーツに包んでいる。身体を動かすたびにその筋肉は大きく盛り上がり、胸は柔らかく揺れる。母性と力、その矛盾する要素が当たり前のように彼女に存在していた。

 「よくやったねぇ、サンジ。ほめてあげるよ」

 それはそっと右手を差し出し、自分よりも遙かに大きな男の頬をなでる。サンジと呼ばれた男は鼻の下を伸ばし、嫌らしい笑みを浮かべた。

 「でもねぇ……」

 それの指が顎にかかった時、サンジの身体がググッと宙に浮く。なんと、それは大の男の顎をつかみ、片手で持ち上げたのだ。人間の身体は腰を中心にできている。力を入れる場合は腰が重要。全身に力が入らない状態を“腰が抜ける”というくらいだ。逆に言えば腰を使わずに重い物を持ち上げることはできない。それをこの女は全く全身に力を入れず、腕力だけで男を持ち上げた。見た目も凄いが、そのパワーは見た目以上にあるということだ。

 「許可したのは半殺しまでだ。アタイの楽しみを奪いやがって! そもそもお前たちに任せたら二度手間になっちまったじゃないか、この役立たずっ!」

 「あ、わわわわ……」

 サンジの顔が恐怖に歪む。 恐らくこの女は艶と力で男を従えてきたのだろう。目的のためなら手段を選ばないタイプだ。

 女の来た方向から数体の黒い影が現れた。それは……蟻だ。二足歩行で堅そうな外骨格を持つ蟻人間。まさしく兵隊蟻のようなそれは、数匹足並みをそろえて女の後ろに並んだ。

 「まぁ、いい。お前も最後にひとつ役に立つんだからな、良かったな」

 「あわわわわ。姉さん、それだけは勘弁を……」

 「アンティアンが完成したからね。こいつらはアタイに忠実な兵隊。もう、お前に価値がないことが証明された訳だしな」

 女は高々ととサンジを持ち上げ、蟻人間たちに呼びかける。

 「お前たち! 腹減ったかい?」

 シャー!

 蟻人間たちが一斉に雄叫びをあげる。

 「じゃあ、これはご褒美だよ!」

 女はボールのようにサンジを高く放り投げた。蟻たちは歓喜の声をあげ、落下地点に向かう。

 「さてと。ギガントに任せっきりのつまらん仕事だと思ったけれど……面白いモンが見つかったねぇ」

 女の口元に笑いが浮かぶ。その背後でサンジの悲鳴が響く。その姿は大数の蟻人間に覆われて見えない、いや見たくない。断末魔の声が上がると、蟻人間が嬉しそうに骨を掲げた。その光景は、悪夢が実体化したようだった。

 近くの家が爆発を起こした。その炎が悪夢の顔を映し出す。

 『おまえなんかナツミちゃんじゃない!』

 アモちゃんがさっき言った台詞。

 今ならその台詞が理解できる。その悪夢は私と同じ顔をしていたのだ。

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