#03 僕と彼女の冒険(02)
夏美さんが加わってくれたおかげで旅はずいぶん楽になった。彼女の知識と魔法、そして常に誰かが側にいる安心感は何ものにも代えがたい。
「ふんっ!」
彼女は精神を集中し、手の上に火の玉を作った。ジワジワと大きくなり最終的にバレーボールくらいの大きさになった。
「いいぞ! ナツ。そのまま川に投げてみて」
火の玉を川の中に投げ込むと、ボンッと爆発が起き大きな水柱が立った。
「おー! すげーなぁ、夏美さん」
「ナツ、もっと素早く使えるようにならないと実戦では使えないよ」
「はいっ! コーディは厳しいわね。……でも水と炎がぶつかるとあんなことになるんだね、こわっ」
彼女の素直な感想に、僕は苦笑いするしかなかった。やがて打ち上げられた水柱が止むと空から魚が降ってきた。
「お、ラッキー。夕食が降ってきたぞ。夏美さんのファイアーボールさまさまだね」
「なに、それ?」
「その技の名前。名前がないと不便だろ?」
「うーん、中二病ねぇ。でも分かりやすくていいか。わかった、この技はファイアーボールね。それより……」
「夕食をゲットしようか!」
僕らは視線を合わせ微笑むと、それを合図に川岸に走り出した。
一日中歩き回り、走り回るこの生活はとても疲れる。僕たちは陽が落ちる少し前に、河原から少し離れた森の中で魚を焼き始めた。火災の危険があるから本来なら河原で焼くべきなのだろうけど、周りに何もないことが僕たちには不安だったのだ。今まではコーディの身体が守ってくれていたのだけど、いつまでも彼に頼っている訳にもいかない。それに、彼の回復を遅らせているのは僕らのせいだ。
僕たちは一本の丸太に隣りあって座っていた。それはごく自然に。そして焼き魚を食べながら色々な話をした。何しろ同級生でありながら全く話をしたことのない僕たちだ。コミュニケーション不足は冗談でなく死を招く。照れや遠慮をしている余裕がないことはお互いに認識し始めていた。
「……勇司くんって何も言わないのね」
「え?」
「魔法が使えなくて悔しいとか、そういう類いのこと。私浮かれて『簡単にできたよ』なんて言っちゃったから……」
「あ、ああ。すでにコーディに“無能”って言われてたしなぁ。実際、教えて貰ってもできなかったし。でも、野球ってそういうスポーツだしね。速い球を投げられる奴もいれば、打撃が上手い奴もいる。仲間の長所を活かせば強いチームにも勝てたりするもんな。夏美さんが魔法をで使えるだけでありがたいよ」
「……仲間って言ってくれるんだ、嬉しいな」
焚き火が消えないように薪をくべた。辺りはすっかり暗くなっている。
「? 夏美さんって人気者じゃないか。テレビや雑誌で特集組まれたり」
「そんなことないよ、上辺だけ。それに女の子の間では知られてるんだよね、私があの家の子じゃないって。だから……」
「もしかして、イジメにあっていたとか?」
夏美さんはコクリと頷いた。
「辛いめにあっても笑っていた。だって、笑っていないと余計に酷くなるから。でも収まらなかった。なら、何かで一番になれば受け入れてもらえると思って勉強を頑張った。でもダメだった。先生を買収しただの、カンニングしただの適当な理屈を付けてイジメはエスカレートする一方。そんな時で出逢ったのが競泳だったのよ。世界記録さえ狙える立場になると全てが逆転したわ。少しでも私に嫌がらせをしたという噂が立つだけでその娘は叱られる」
夏美さんが弱くなりかけた焚き火に薪を投げ入れると、一気にその炎が大きくなった。
「私が競泳をやっているのはね、あいつらに対する復讐でもあるのよ。泳ぐことは、私の生存理由そのものなの。……私のこと軽蔑する?」
いつも明るく、素直な彼女にそんな一面があるなんて想像もしなかった。パチパチと音を立てる炎の前で、僕は言葉を返せなかった。
短い沈黙の中、夏美さんの身体がビクッと動く。そして、それに反応するようにコーディがひと言言った。
「まずい、にーちゃん。何かに囲まれてる」
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