#03 僕と彼女の冒険(03)

 夏美さんが集中を始めた。

 「ちょっと待って! 下手にファイアーボール投げると山火事になっちゃう。まずは状況確認から」

 僕の警告に彼女はコクリと頷いた。集中を終え、巨大な火の玉を上空に上げると周りが炎で照らされた。

 「これは……」

 凶悪そうな瞳が、牙が、いくつも浮かび上がってくる。オオカミのような動物が10匹ほど。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

 やがて打ち上げた火の玉が消え去ると、ヤツラはグルル……とうなり声をあげ始めた。

 「今は戦闘は避けたい。コーディ、身体を出せるか?」

 「ここは狭すぎる。身体を展開する時に木が邪魔。下手すると倒れた木でにーちゃんたちを押しつぶしちゃうかも」

 昼間、敵対する動物に全く逢わなかったことで油断した。僕たちは人目を避けたつもりで森の中を選んだけれど、逆に自分たちの逃げ道を塞いでいたみたいだ。

 「強行突破しかないね……」

 夏美さんの提案に僕も賛成だ。ただ、どうやって? 考えのまとまらないまま、バッグの中から僕が持ってきた唯一の野球道具・グローブを取り出し、左手にはめた。

 「こんな使い方をするなんてなぁ……」

 ある程度の攻撃は防げるけれど、肉食獣の牙に通じるとは思えない。

 「きゃあ!」

 夏美さんに向かって一匹のオオカミが飛びかかる。身がこわばり動く事ができない彼女を突き飛ばし、そのままグローブを眼の前に突き出す。

 キャン!

 ちょうどカウンターの形となり、オオカミの顔面にグローブがヒット。地面に叩きつけられるがすぐさま起き上がって襲いかかろうとする。

 「くそっ!」

 僕はバッグを振り回して、そいつを遠くに叩き飛ばす。間髪を置かず別のオオカミが飛びかかってくる。もう一度バッグを振り回すが、その奥から数匹のオオカミが視界に入った。……間に合わないっ! 僕が覚悟を決めた時、足下で小爆発が起きた。夏美さんだ! 彼女が倒れたままファイアーボールを放ったのだ。流石に魔法は威力が違う。数匹のオオカミに致命的なダメージを与えた上、1本の大木をへし折ってしまったのだ。

 「コーディ! 背中だ!」

 僕の言葉を合図にコーディは僕の背中に取り付いた。僕はすぐさま地面に倒れた夏美さんを後ろから抱き上げる。

 「よし! 飛べ」

 グンと高くコーディはジャンプした。倒れる大木にひるむオオカミたちを尻目に、僕たちはそこから逃走した。……が、まだ、オオカミたちは追ってくる。数回のジャンプの後、夏美さんの「いいよ!」の合図が聞こえる。僕は空中で身をよじらせ、オオカミたちの方向を向く。

 「いっけぇっ!」

 夏美さんが渾身のファイアーボールを放つとオオカミの群れが四散する。そして河原に出ると僕はコーディの身体を展開した。

 「こ……これでもう、追ってこないだろう」

 まだ顎がガクガク震えて身体が思うように動かない。気がつくと、いつの間にかその場にへたり込んでいた。

 「あ、あの……」

 僕の腕の中には夏美さんがいた。いたのだけど、その感触が全く感じられない。それほど僕にとって衝撃的な出来事だったのだ。そして硬直した身体は彼女を抱きしめたまま。

 「ご、ごめん。なんか身体が上手く動かないんだ」

 「むね……」

 「えっ?」

 全く気付かなかったのだけど、僕の左手がちょうど彼女の胸に当たっていたのだ。

 「わぁ、ごめん!」

 僕は反射的に両手を上に挙げていた。なんで、なんでこういう時に限って身体はすぐに反応してしまうんだ。彼女は両手で自分の胸を抱くようにして僕から素早く離れていった。しかし彼女の身体の感触は全く残っていない。しかも左手はグローブをはめたまま。美味しいシチュエーションを全く活かすことがなかったのだ。もったいない……いや、僕たちの旅は前途多難だ。

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