#06 ホーム(10)

 「だ……大丈夫ですよね?」

 「ん、ナツミのことか? ははは、心配するな。アイハがああいう態度をとるってことは、半分は気に入ったんだな」

 「何ですか、半分って。余計に不安になるじゃないですか」

 オジーさんは答えずに黙って歩き出した。僕は慌てて早歩きで追いかける。しばらくしてオジーさんは吐き捨てるように言った。

 「大丈夫だよ。もう半分は俺に対する当てつけだからな」

 「……当てつけって、え? オジーさんとアイハさんって」

 「悪いかよ、夕べ喧嘩したんだよ、アイツと」

 オジーさんの足がどんどん速くなる。なんか僕は地雷を踏んだらしい。これは早めに話題を変えないと愚痴を延々と聞かされるパターンだ。さてはアモの奴、このパターンを知っていた逃げたんじゃ……。

 突然、オジーさんの足がピタリと止まった。目の前には居酒屋がある。

 「だからな、今日はここで飯食ってくぞ」


 「まいったなぁ」

 居酒屋というのはお酒を飲むだけでなく、食事もとれると言うのは知らなかった。わいわいと周りが賑やかだけど、未成年の僕は思いっきり浮いている。それよりも当面の問題はオジーさんがあっさりと酔いつぶれてしまったことだ。僕はお金を持っていないし、オジーさんの家も知らない。食事を終えた今、ただ意味もなくこの店にいて、店員さんの冷たい視線に耐えている状況なのだ。

 「ははは、どうした、少年」

 あー、酔っ払いだよ。面倒な人に絡まれちゃったかな。でも相手をする方がマシか。ホント、情けない状況だ。僕は黙ってオジーさんを指さした。

 「おー、オジーじゃないか。お前、また喧嘩したのか。はっはっは」

 「え? 良かった。オジーさんのお知り合いの方ですか?」

 「んー? まぁな。というか、周りの連中みんな知ってるぞ。アイハと喧嘩してはここに来てコップ一杯の酒で酔いつぶれる。眼ぇ醒ますと絡まれるからみんな寄りつかないだけだ」

 「うわぁ。それじゃこの後、絡まれるのは僕ってことじゃないですか」

 「ははは、がんばりな、少年」

 「少年じゃありません、勇司。谷川勇司です」

 すると酔っ払いの表情が一変する。

 「ほぅ。もしかしてお前、日本人か? 懐かしいなぁ」

 今度は僕が真顔になる。

 「ええっ? 〝日本人〟って、もしかしてあなたも?」

 酔っ払いは握手を求めながら自己紹介をする。

 「あぁ。俺は小田原五郎。ゴローでいいよ」

 僕は差し出された手を両手で握りしめた。

 「あぁ、こんな所で同胞に会えるなんて。どうやってこの世界に来たんですか?」

 ゴローさんはお酒のおかわりと僕のドリンクを注文し、オジーさんの隣に座った。

 「五年前、大きな地震にあってな。天地がひっくり返るほど揺れて揺れて、地面が抜けるような感覚があって、気付いたらこの世界にいた。あぁ、懐かしいなK市」

 「……ちょ、ちょっと待ってくださいよ。K市って、平成大地震(作者注:設定上の架空災害)ですか? それって僕が生まれる前の、二十年くらい前の話ですよ」

 「……そうか。君は、俺があの世界からいなくなってから産まれた人なんだな。この世界には来たばかりか?」

 ゴローさんは時間の矛盾を当たり前のように受け流して答えた。

 「はい。まだ一ヶ月経っていません」

 「そうか。色々と教えてあげたいところだが、ちょっと酒が入っちゃったからな。明日、ザド先生の所に来てくれないか? 俺はそこで働いているんだ。場所はこいつが知ってるよ」

 ゴローさんは隣でイビキをかいているオジーさんを指さして言った。

 「あ、さっきザドさんの所に行ったんですよ。明日も行く予定です」

 「そうか。もしかすると君が……。いや、違うか。確か女の子のはず」

 「夏美さんのことですか? 僕と一緒にこの世界に来た人です」

 「ほう、なるほど。ナツミ……か。それでお前がユージ……。あっはっはっは。それなら込み入った話はふたりまとめてする方がいいな。だったら……この街のことを話してやろう」

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