#12 あがき(08)
*
「くそっ! どうなってるんだ」
いきなり周りの風景も、これまで戦っていた白銀のコーディオンも消えちまった。ジーウィにいたっては全く反応すらしやがらねぇ。そして重力がなくなったように身体が浮き上がる。
「ぐ……」
突然、眼の前が大きく歪んだ。自分が何をしているのか、いや自分がどのような形をしているのかすら分からなくなってきた。
「うぇ……」
吐瀉物が止まらない。食べ物どころか、内蔵までも吐き出している気分。眼から、鼻から、ありとあらゆる穴から様々な液体が発せられている。アタイはここで終わるのか? 止まらない汗。流れ落ちる涙。世界を席巻したギルト様はこんな形で生涯を終えるのか?
「はぁ、はぁ、はぁ……」
一通りの物は吐き出した気がするけれど、気分は変わらない。最悪だ。何もかもガルフとルティが悪い。あのくそ女にもう一発くれてやらないとアタイの気が済まない……。
「へっ、それも無理な願いか」
アタイ自身も、ジーウィも全く動けやしない。もう、このまま楽になっちまおうか……。
ったく、くそみたいな人生だったが。
ガン! ガン! ガン! ガン!
突然、ジーウィを力任せに叩く音がする。助けに来たというよりは……襲撃されているような音だ。
「来るなら来やがれ、返り討ちにしてくれる」
ギ……ギギギ……。
胸の扉が巨大な指で押し曲げられていく。ギガントか? それではいくらアタイでも勝ち目はない。とりあえず椅子の陰に隠れようと起ち上がるが身体が言うことを聞いてくれない。そして一気に扉が押しのけられると何者かが入ってきやがった! 大きさはアタイと同じくらいの、異形のバケモノだ。同サイズならアタイは負けない! 一撃で倒すつもりでフルパワーパンチ! が、あっさりと受け止められてしまった。
「いい加減にしなさい!」
バケモノがアタイの腕を後ろに回すと、身動きが取れなくなった。信じられない、このアタイがこんなあっさり拘束されるなんて。それに、どこかで聞いたことがある声のような気もするが、どこだっただろう? そんなことより、急に動いたからまた吐き気がしてきた。
「うぇ……」
これ以上、吐く物はないと思っていたが、まだまだ出てくる。アタイは戦いを放棄して吐き始めた。
「大丈夫? そんな身体になっちゃって」
意外にもバケモノはアタイの背中をさすってきた。何なんだ、こいつは? 敵意はないらしいのは助かる。バケモノの誘導に従い、アタイはこじ開けられた扉から顔を出す。何だ、ここは! 暗くて何にもない空間。光もないくせに、自分の姿がハッキリと見える不思議な空間……。これが、あのくそ馬鹿野郎のガルフが言っていた“領域の狭間”なのか? あそこに見えるのは……。
「そうか。ゲロのおかげね」
突然そう言ってバケモノはアタイの顎を押さえつけ、口に指を突っ込んできた。
や、やめろ! そう言いたいのだけど、このバケモノの力は異常だ。怪力無双のこのアタイが子供扱いだ。そうしている間にもグイグイと指を突っ込み、アタイを吐かせ続けた。
「なっ!」
その時、アタイは気がついた。何だ、この細い腕は。怪力バケモノも貧弱な腕なのだが、今のアタイの腕もそう変わらない。さっきまでボディスーツを引きちぎらんばかりに盛り上がった鋼鉄のような筋肉も、今は見る影もなく萎んでしまっている。まるで吐瀉物と共に力を吐き出しているようだ。あれだけ体中に漲っていた力が、底の抜けたバケツのように抜けていく。そうか、薬だ! 薬があれば……。
アタイは隙を見てそこにあるガラス瓶に手を伸ばしたが、あっさりとバケモノに奪われてしまう。
「あんた、またこんな物に手を出そうとして……」
バケモノはポンとガラス瓶を投げると炎の魔法で全て焼き尽くしてしまった。その光で、バケモノの顔に変化が生まれた。
「……あれ? あんた……、もしかしてルティ?」
「そうよ、ずっとここにいるでしょ?」
優しく答えるバケモノは、ふらふらと姿を変え、最終的にあのルティ……アタイの姉に変化した。
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