#01 無能の少年(05)
先ほどの少年のような声が再び響いてきた。それもすごく近くから。しかし地上数メートルのコーディの手のひらの上には僕しかいない。
「あっはっは。ここだよ、ユージにーちゃん」
手のひらの宝石がピョンピョンと跳ね回る。僕は驚いて宝石に顔を近づける。
「まさか、お前がコーディなのか?」
「そう。これがおいらだよ。あの鎧はおいらの身体。だいぶガタが来ててさ、会話もちゃんとできなくて困ってたんだ。ユージにーちゃんもこの方が話すのが楽だろ?」
「というか、全くの別人みたいだぞ?」
僕は、半ば呆れながら言った。
「にーちゃんの言葉を解釈するだけでも大変なんだもの。だったら、直接話す方が早いし、楽だし。それにおいら、にーちゃんに興味がわいてきたからさ」
「興味?」
「うん、あんなところに穴掘って、何やってたのさ?」
「いや、あれは僕が開けた訳じゃなくて」
登校中、突然足下がなくなり穴の底にいたという説明を全く信じてもらえなかった。というか、学校や登校といった概念が理解できないのだ。
「うーん。話を聞いてみると、にーちゃんはやっぱ別の“領域”の人間みたいだね」
やはり、そういう結論になるか。異世界か、異次元か、平行世界か分からないけれど、僕はコーディの言う別領域にずれ込んでしまったらしい。
学校に行けば会えるはずだった川島、ジュン、マル……。くだらない話ばかりしていた日常が急撃に遠くの出来事になってしまった。そして、一度も声を掛けられなかったあの娘……。
「うん。直に会ってみて確信したけど、にーちゃん“無能”でしょ?」
さすがに僕も初対面の奴にこんなことを言われる筋合いはない。
「おい! いくらなんでもそれはないだろ! 無能とはなんだ、無能とは」
「あれ? ……あ、ごめん、ごめん。にーちゃんの領域では別の意味があるんだね。“無能”ってのは魔法力がないってことだよ。ここまで綺麗にない人って珍しいかもね」
予想はしていたけれど、やっぱりあるのか、魔法。
「魔法って、この世界の人は空を飛んだり、魔力で攻撃とかするのかい?」
コーディは手のひらの上でぴょんぴょん跳ねながら言う。
「うーん、にーちゃんの思うような大げさなものじゃないよ。ほとんどの人は小さな火を出したり、ぼんやりした光を放つ程度のことしかできない。他人に影響を与えるほどの威力を持つ人もほとんどいない。ただアイテムを使うと数倍から数万倍程度にパワーアップするんだ」
「ん? ってことは、アイテムによってパワーアップの度合いが違うってことか。強いアイテムは奪い合いになるってことか」
心なしか、コーディの宝石の色が濁ってきたように見える。
「そ、そんなことより、にーちゃん! おいらと友達になってくれるって本当かい?」
「え? ああ、モチロンだとも。まだ、この世界のことは何も分からないけれど、よろしく頼むよ!」
コーディの色がオレンジ色に変わり、動きが激しくなる。そしてピョンと宙返りすると宝石から二本の紐が生えてきた。紐はまるで阿波踊りでも踊っているようにゆらゆらと揺れている。
「じゃあ、にーちゃん。いつまでも手を上げたままじゃ疲れるだろうから、おいらを首にかけてくれよ」
そういうとコーディは手を繋ぐように二本の紐を一つの輪にした。
「これはまた、便利なことで」
「じゃあ、おいらの手のひらから降りてくれる?」
コーディの鎧体はそう言ってゆっくりとしゃがみ込み、左手を地面に降ろした。
「これで良いかい?」
僕はペンダントを首に掛け、スポーツバッグを持って地面に降り立った。
「じゃあ、おいらの身体に触れてこう叫んで。『ディラタメンテ・コーディオン』」
僕は巨大な鎧に近づき、足に手を触れて言われた通りに叫んだ。
「ディラタメンテ・コーディオン」
すると鎧が輝きはじめ、光の粒となり一瞬でペンダントに吸い込まれていった。
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