#08 赤キ魔女(01)

 突然現れたギルトに広場の時が空気が変わった。お祭りの準備をしていた人々の手は止まり、声をあげて走り回っていた子供たちは静まりかえった。

 「きゃーーーーーー」

 ひとりの少女の悲鳴を合図にし、広場がパニックに陥った。人々は無秩序に走り始め、飾り付けや屋台が踏みつけられていく。

 私とアドちゃんは硬直し、ただギルトを睨めつけることしかできなかった。気のせいか……いや、確実に彼女の筋肉はさらなる盛り上がりを見せている。それは不自然と言えるほどに。しかしこの違和感はなんだろう。それだけではない、何かが変わっているように感じられる。高々と掲げた左手にはクドちゃんが捉えられている。あいつは一瞬にして、私の眼の前で彼女を拉致したのだ。

 「その子を返しなさい!」

 「嫌だね。おっと、動くんじゃないよ。こいつの首なんか一瞬でへし折れるんだからね」

 ギルトが腕に力を込めるとクドちゃんがうめき声を上げ始めた。サーディアンの太い首であっても、あいつのパワーに耐えられないという事か。ギルトが私と会話している間、視界の隅に黒い影が動くのが見えた。くろにゃあだ。後ろにアモちゃんの姿も見える。私は両手を上げてギルトの気を引いた。

 「取り引きよ。その子を離して。その代わり私が人質になるわ」

 ゆっくりと、それでいて大胆に私はギルトに向かって歩き始めた。その動きに合わせてくろにゃあがギルトに近づいていく。うまいぞ。

 「動くんじゃないよ! ……それよりお姉様、その服を脱ぎな」

 「え?」

 「だってお姉様って、強力な魔法使うからアタイ怖くって……」

 くっくっくと笑いながらギルトは言った。もちろん嘘である。あいつの使う氷の魔法は私の火球を一瞬で凍らせるほど強力なのだ。

 「わ、わかったわ」

 私はゆっくりと、ボタンを外し始めた。くろにゃあはゆっくりと近づいていくが、私は見て見ぬふり。そして上半身がブラだけになった。

 「はっ。貧相な身体だねぇ。そのおかしな肌着もとるんだよ」

 ギルトが吐き捨てる。貧相で悪かったわね。競泳にそんな筋肉はいらないの。私がギルトをにらみつけると、あいつは視線を周りに向けた。まずい、くろにゃあが! ……っと、しっかりとベンチの影に隠れている。すごいな、あの子。しかしギルトは別のものを注視していたようだ。

 「へっ、やっとおでましかい」

 オジーさんたち、門番の人たちが集まってきた。各々、槍やサスマタなどを手にしている。同じ顔の人間が対峙していること、その片方が半裸である異様さに緊張感が走る。

 「ナツミ! 大丈夫か?」

 「オジーさん! クドちゃんが人質に」

 「あぁ、分かっている。ギルト! お前は包囲されている。速やかに投降しろ」

 多勢に無勢。しかしギルトは薄笑いを浮かべている。この状況が不利でもなんでもないということだ。事実、それだけの力を持っていることを私は確認している。オジーさんの仲間に魔法の構えをとっている術者がいるが、足が震えている。

 「間抜けな警備だねぇ。これだけ目の敵にしている者の侵入を簡単に許すんだから」

 「……くっ。何が目的だ。要求は何だ」

 「要求ねぇ……アタイの役目はそろそろ終わりなんだが」

 「ふざけるなぁ!」

 魔法の構えをとっている術者が炎の魔法を撃った。

 「……馬鹿め」

 同時にギルトの人差し指から小さな小さな氷の球が放たれる。小さな氷球を火球が飲み込もうとした瞬間、火球が蒸発した。サイズの上では大きな火球が力負けしたということだ。そして驚きの表情を浮かべた術者に向かって一直線。

 「まずいっ!」

 私は氷球に向かってファイアーショットを放った。これで密かに溜めていた集中はパァになってしまった。

 火球と小さな氷球は術者の前で激突した。

 ボン!

 相打ちだ。爆発のような衝撃と水蒸気が一帯に広がる。その衝撃で後ろに吹き飛ぶ術者。突然あらわれた霧に視界が奪われる。この期を待っていたかのようにくろにゃあが飛び出し、ギルトの顔に向けてその爪を振り上げた。

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