#06 ホーム(03)

 「え?」

 あまりに想定外のことで僕は言葉を失った。月明かりなのではっきりと見えないが、確かに夏美さんだ。しかも……。

 「私、水を操ることができるみたい、というかできたみたい」

 「〝できた〟みたいって過去形なのか?」

 答えが返ってくるまで、少しの間があった。

 「……うん。以前話したでしょ? 私って、理想の自分をイメージして、それにシンクロできた時に記録が伸びるって。こちらの世界でそれをやったら具体的な形になったの」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ。夏美さんのイメージってのは、そこにいるそれってこと? 実は体内にもうひとりの夏美さんがいたってこと?」

 「そうみたい。この前調べたんだけど、人間って身体の6割から7割くらいが水分でできてるんだって。その水分でもうひとりの私をイメージしていたってのが真相みたい」

 あっ、この前、保健体育の教科書を真剣に読んでいたのはそれを調べていたからなのか。

 「つまり、夏美さんは本来の身体と、イメージの身体の両方の力を使うことができたから、競泳で世界レベルの記録を出すことができたって訳か」

 「ええ。本来、私が得意なのは水の中だけで陸上はそれほど得意ではなかったもの。でも、この世界に来てからは明らかに力が増している。恐らく魔力が増してるからだわ」

 「もしかしてそれに気付いたのって、魔法が使えるようになってから?」

 「うーん。どちらかというと、勇司くんに特訓を手伝ってもらった日からかな。あの時、色々試したから何かのスイッチが入ったのかも」

 これまで沈黙を保っていたコーディが突然割り込んできた。

 「面白い仮説だね、ナツ。ひとつ質問したいんだけど、競泳ってのは大量の水の中で運動することかい?」

 「ええ、間違っていないけど」

 「なるほど、なるほど。面白い。ナツ、きっと君は世界で初めて肉体強化の魔法を身につけた人なんだ」

 楽しそうに話をするコーディに、呆気にとられる夏美さん。

 「ナツは元々莫大な魔法力を持っていた。おそらくは姉妹であるギルトと同等レベルにね。ナツもギルトも元々の属性は水。で、確か向こうの世界には魔法はないんだろ? だからナツの膨大な魔法力は放出されることなく体内を巡回していた。媒体は体内の水分しかなかったからね。競泳を始めて、早くなりたいというナツの欲求と周りにある大量の水が作用して、ナツのいう“イメージ”が生まれたんだ」

 僕にも話が飲み込めてきた。

 「なるほど、こちらの世界は魔力で満ちているから、夏美さんのイメージも強力な物になっていると言う訳か」

 「そういうこと。ナツは特に練習しなくても火の魔法を使うことができただろう? 向こうの世界で魔法を使っていたから簡単に習得できたって訳だ。我流だけど、ナツの強大な魔力がそれを補っている」

 「ちょ、ちょっと待って、コーディ。私が肉体強化の魔法を使えるのは良いけど、なんで他の人は使えないの?」

 「普通は水を作り出したりする程度で満足しちゃうからさ。ある程度のレベルになったら上位ランクの氷の魔法に移るのが普通。魔力のない向こうの世界で生活し、水の魔法を使い続けていたナツだからこそ実現できたんだよ」

 「へぇ、そうなんだ……きゃ、み、見ないで!」

 夏美さんは川に立っていたイメージの自分を慌ててかき消した。ようやっとそのイメージが全裸であることに気づいたようだ。僕は見て見ぬふりをしてるけど、しっかりと堪能させていただきました、はい。

 「だ、だからね! こんな事もできるのっ!」

 何かをごまかすためか、声が大きくなる夏美さん。その声でアモが眼を覚ました。夏美さんはそのまま手を挙げると、川から水柱がわき上がる。わぁ、と小さな歓声をアモがあげる。成長した水柱は夏美さんの手にぶつかり、そして吸い込まれていった。

 「いくよ!」

 息を飲んで見つめる僕とアモ。夏美さんは深くしゃがみ込み、そして一気に飛び上がる!

 「おぉっ!」

 彼女の身体はどんどんと上昇していく。とても人間のジャンプ力とは思えない。僕らの首の角度はもはやほぼ真上。そして月と彼女のシルエットが重なる時、しなやかな身体を弓なりに反らしゆっくりと宙返りした。

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