#03 僕と彼女の冒険(06)
「も、ダメ。身体が動かない」
彼女の集中力は、目的を達成するまで自身が倒れることを許さなかったようだ。彼女がトップアスリートである理由のひとつが、僕は理解できた気がした。
僕は疲れ切った夏美さんを背負い、コーディのもとに戻ることにした。密着する彼女の競泳水着と、水に濡れた僕の体操着。身体の力が抜けてしまった夏美さんは全身を僕の背中に預け、気を失っている。川から上がるその時、鎧のコーディが心配して迎えに来てくれた。
「にーちゃん、ナツは大丈夫かい?」
「疲れて気を失ってる。悪いけど休ませてもらえないか?」
「……あの頑張りを見ちゃ断れないなぁ」
コーディが胸を開け、その中に夏美さんを連れ込んだ。そして頬を叩いて無理やり起こし、着替えて身体を拭いてから寝るように言って、僕は自分の荷物を持って外に出た。
夏美さんが動けないため、僕は鎧の状態のまま旅を続けるようコーディに提案した。元々彼の治療を続けるのを優先させる話だったのが、僕たちの力不足ゆえ、全然上手くいっていない。かといって、今は少しでも旅を続けたい。何より、停滞させることはさらにまずい状況に追い込まれる気がしてならないのだ。まずは、人のいる場所に行くことが最優先。
僕の歩みはコーディよりも短い。だから手のひらの上で道具の手入れをしていた。
多少なりとも修復が行えたコーディはフラフラしながら、時に足を踏み外しながら歩みを続けていた。僕と出会ってから間違いなく一番長い距離を彼は歩いている。身体はあまり回復していないが、言語などの内部機能はほぼ復旧したとのこと。鎧でもスムースな会話ができるようになっていた。
「本当にごめんな、コーディ」
「確かに今のままじゃ、おいらもゆっくり修復できないしなぁ。にーちゃん、しっかりしてくれよ」
「ああ、僕たちは弱い。それに備えが何もできていない。これじゃ困ったときにコーディに頼るしかない。つまり休ませられないってことになっちゃう。いつコーディに見捨てられてもおかしくないってことだ」
「おいらだって死にたくはないからね」
「ああ、当然だよ。でも僕もコーディと別れたくない。それにはコーディにとって価値のある人間にならなければいけない」
そう言って僕は手のひらを見つめた。さっきまでこの手の先には夏美さんの身体があった。この腕で彼女を抱きしめることだってできた。でもできなかった。トップアスリートであるはずの彼女の身体は、意外なほど華奢だった。鍛え抜かれた男顔負けの体格をしていてもおかしくはないのだけれど、実態はどこにでもいるスポーツ少女の域を出ないものであった。なんでも笑顔でこなしてしまう彼女はやはり、陰では恐ろしいほどの努力をしていたのだ。で、なければあの集中力はありえない。
『……私のこと軽蔑する?』
圧倒的な実力と、それに釣り合わない自虐的な物の考え方が僕の中で引っかかっていた。そして素直すぎる性格。恐らく彼女は清井家で従順でいるしかなかったのだろう。トップアスリートという実力を身につけながらランニングを言い訳にしないと遅く帰ることもできない。もしかすると家族にわがままを言ったことがないのかもしれない。それは……家族なんだろうか?
「なー、にーちゃん。何、手をじっと見ているのさ?」
ぼーっとしていると、コーディの突っ込みで我に返る。考え事をしているうちに手のひらをただジッと見ていたのだ。彼女に直接触れた手。それでもまだ僕と彼女の距離は離れているように感じられた。なぜなんだろう?
「ははは、何でもないさ。それよりどうした?」
「ナツが起きたみたいだよ」
そう言うとコーディは胸の扉を開けた。しばらくすると両手を伸ばしながら外の景色を眺める夏美さんの姿があった。
「おはよう! よく眠れたかい?」
「おはよう! 疲れがすっかり抜けて、もう快適! まるで生まれ変わった気分よ!」
僕の問いかけに笑顔で返す夏美さん。何かを成し遂げた満足感がそうさせるのだろう。
「ああ、よかった。ナツ、そろそろペンダントに戻っていいかい? にーちゃんってさ、人使いが荒くてさぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます