#Final 未来への扉(05)

   *

 ザドさんに呼び出されて私は塔に向かう。私の幼い頃を知るリドさんと会えるのは今日しかない。私のために、リドさんは都合を付けてくれたのだった。

 「忙しいところ、済まんかったな」

 言葉の話せないリドさんの通訳はザドさんが務める。プライベートな話が中心になるとのことで、今日はこの三人だけだ。

 グウウ。

 リドさんは、私に逢うと本当に嬉しそうな表情をする。当初、私がそれに気付かなかったのは不幸だったとしか言いようがない。あらためて私はお詫びをすると、リドさんは「もう気にするな」と言ってくれた。そして、ゆっくりと噛みしめるように話を始めた。

 私の本当の父さんの名前はヒロシ、母さんはヨシコというそうだ。ふたりとも水の領域の出身で、出会いはこの世界。かなり若い頃に飛ばされて来たらしい。リドさんは、とても幸せそうな夫婦だったと言ってくれた。

 父さんは遺跡発掘グループのリーダーをしていて、リドさんはその一員。種族対立のない、幸せな職場であったのは、父さんの人柄が大きかったと。そして母さんは食事や雑用などを頼むと「はいっ!」と返事して何でもやってくれたそうだ。

 そして父さんたちは、とある遺跡の発掘に取りかかる。エミティの塔の発掘だ。もっとも当時は土台に相当する部分しかなく、誰も塔だとは思わなかったのだが。

 しばらくして私とギルトが産まれる。つまり私の生まれ故郷はエミティの遺跡近くにあった発掘キャンプということになる。私たちはグループ全体で大切に育ててくれたらしい。それはもう、ひとつの大家族のように。もちろん言葉の話せないリドさんも例外ではなかった。

 「ナツミ、続けても大丈夫かな?」

 ザドさんが話を中断した。涙が溢れて止まらない。私たちのことをこんなに覚えていてくれる人がいたんだ。それは本当に私たちが幸せであったことの証だ。

 「お願いします」

 そしてリドさんは話を続ける。これまでと表情を変えて。

 運命の日。遺跡が突然、発動した。たまたま遺跡を見に行っていた父さん、母さん、そしてまだ赤子だった私はそれに巻き込まれ行方不明となった。リドさんはギルトを抱いてその場にいたのだけど、わずか一歩の違いで巻き込まれずに済んだ。しかし、それは私たちが眼の前で消え去る悲劇を目撃することでもあった。それを原因でグループは解体され、ギルトはグループのひとりに引き取られていった。

 「不幸な事故じゃったが、リドは責任を感じておってな」

 リドさんはギルトを引き取りたいと主張したが種族の違いが壁となり敵わなかった。リドさんから許して欲しいと謝罪された。本当に彼は私たちを愛してくれていたのだ。

 「そして、遺跡は勝手に成長し、いつの間にか塔になった。儂らは恐ろしくて近づけんかったが、いつの間にか無視できない存在となり、ガルフにより全てが独占され、ミドの街と対立するようになったと言う訳じゃ」

 リドさんと生き残った一部のメンバーは、きっと私たちの誰かが領域を超えて戻ってくると信じ、漂流者が現れたら保護に向かっていたそうだ。私とリドさんの不幸な再会もそのような趣旨であった。実はゴローさんも保護された人のひとりだそうだ。

 「お前さんほど苦労した者はおらんかったそうじゃよ」と、ザドさんは通訳しながら笑い出した。私は顔が真っ赤になる。リドさんが話を続ける。

 「ふむふむ、なるほど。だからこそ、お前さんが本物のリティであると確認したそうじゃ」

 「えー、ひどい」

 三人は笑い出す。

 「アング殿によると、エミティの塔は領域を渡る船・コーディオンの港なのだそうじゃ。塔の持つ莫大な魔法力でコーディオンを他の領域に飛ばし、コーディオンが着地する。戻る時はコーディオン自身の力でとなるそうじゃ」

 「随分乱暴な仕組みなんですね」

 「逆に言えばそれだけ領域を渡るというのは困難なのじゃろう。アング殿の話を聞くと、儂らの理解はまだまだじゃと実感したよ。ただ、これでひとつの仮説が産まれる。

 お前さんの両親は水の領域にいるかもしれん」

 「……えっ?」

 「アング殿によると、お前さんは塔の暴走で領域をジャンプしたと思われるが、エネルギーが強すぎて、いくつかの波を飛び越えた可能性がある。ご両親も同様じゃ。そして、領域ジャンプは水平にしかできん。つまり、いるのなら“寄せ集めの世界”か“水の領域”のどちらかということになる」

 「でも、でも、領域ジャンプしても弾かれちゃうんじゃ……」

 「忘れたのかな? 元々、その時代に存在していなければ問題ない。お前さんとは異なる時代にたどり着いているかもしれん、ということじゃ」

 「ああ……」

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